さぁ始めましょう
青い青い空と穏やかに輝く太陽の下で
賑やかな声が飛び交う楽しいティータイム
晴天快晴に加えて涼しい風と優雅な木漏れ日
舞台設計は万端よ
必要な物は揃ってる?
可愛らしいティーセット お洒落なテーブルとチェア
後は美味しいお菓子とお茶があれば
楽しい楽しいティータイムの始まりよ
時間に急きたてられる忙しい毎日の事なんて
今日くらい忘れて穏やかな時間を過ごしましょう
大切な仲間と笑い合って
さぁ素敵なティータイムを楽しみましょう



もしも天国があるとするならば
きっとこんな感じなのでしょうねと考えてしまうような
こんなに素敵な日くらい
穏やかに時を過ごしましょう
だって空がこんなに青いのよ
太陽の光がはこんなに心地よくて
吹き抜ける風はこんなに穏やかで



あぁ、なんて素敵な昼下がり!



070:heaven



しゃかしゃかしゃかしゃか。
一定の間隔で鳴り続けている小さな音をたてているのは、ソフィアがかき混ぜているボウルの中身と泡立て器。
真剣な顔をしてボウルの中身をかき混ぜ続けているソフィアに、隣にいたフェイトがつまらなさそうな顔で声をかける。
「なぁソフィア」
「なに」
「何か手伝う事ある?」
「ないよ」
「…そっか。それ、まだかかりそう?」
「うん」
「さっきからずっと混ぜ続けてるじゃないか。代わろうか?」
「いいよ、大丈夫だから」
「………」
おしゃべりなソフィアにしては珍しく、一言の、しかも気のない返事ばかりが返される。
フェイトは苦笑しながら、しゃかしゃかかき混ぜられている卵白と砂糖その他をぼんやり眺める。
「…お前、料理に熱中すると周りの音聞こえなくなるタイプだもんなぁ」
「うん」
やはり素っ気無い返事しか返ってこず、フェイトがつまらなさそうにぼやく。
「…前、ネルさんが本に熱中してるアルベルは返事が素っ気無くてつまらないって言ってたけど、その気持ちよーくわかるなぁ」
そもそも、品数を多くする為にノルマは各自一人一品と決まったはずが、力仕事が多いものを作るから手伝って欲しいと頼んできたのは他ならぬソフィア自身ではなかったか。
料理、特にお菓子作りなんてほとんど縁のない自分が、ソフィアの指示なしに勝手に作業を進めることなんて無理なわけだし。
結局、今ソフィアが格闘しているメレンゲを使用するシフォンケーキが完成するまで、自分は何もすることがない。
―――つまらない。
フェイトは子供のように口を尖らせながら、
「シュークリームは出来立てが最高だから、最後の方に作りたいんだ」
と言っていたソフィアの台詞を思い出し、自分に言い聞かせるように心の中で反復する。
だからってほったらかしはないだろう、と呟いたところでどうにかなるものではないので、思うだけにとどめておく。
隣のソフィアに気づかれないようにはぁ、と小さくため息をついて、フェイトはいつもならば絶対に気に止めもしないであろう、テーブルに並べられたお菓子の調味料や材料、器具を見遣る。
フェイトが訳もなく調味料の袋や瓶をぼんやり眺めていると、
「お」
その中のひとつ、見慣れない小瓶が目に付いた。
なんとなく手にとって見ると、貼られているラベルには「バニラエッセンス」の文字。
あぁ、あのいい香りの液体か、と昔々の記憶を掘り起こす。
気まぐれをおこして小瓶の蓋を開けてみる。甘い甘い香りがふわりと漂った。
こんな妙な色の液体のどこにあれほどまでの甘い香りがつまっているのだろうとフェイトがぼんやり考えていると。
「…ふぅっ」
背後から満足そうに息をつくソフィアの声が聞こえ、フェイトは小瓶を手にしたままに振り向く。
どうやら満足行くようにボウルの中身の仕込みを終えられたらしいソフィアと目が合った。
「お待たせ、フェイト。ごめんね、思ったより時間がかかっちゃって」
「あぁ、いいよ」
先程までつまらなさそうに唇を尖らせていた様子はおくびにも出さずにフェイトが答える。
「さて、次はメレンゲと他の材料を混ぜなきゃ…、…?」
言いながらフェイトの傍、材料の置いてある場所まで来たソフィアが、台詞の途中で不思議そうに表情を止める。
「…バニラエッセンスの香り?」
「あ、うん。さっきちょっと気まぐれで瓶の蓋開けたから。いい香りだよな」
フェイトが蓋を開けたままのバニラエッセンスを持ち上げてそう言うと、ソフィアがにこりと笑って頷いた。
「うん、そうだね。バニラエッセンスの香りって、ケーキ屋さんみたいなすっごくいい香りだよね」
「だよなー、こんな茶色の液体のどこにそんないい香りが詰まってるのかって思うよ」
「うんうん、甘くて美味しそうだよね〜」
そう言ってまた材料や調味料を揃え始めるソフィアに、会話が途切れてしまった事が面白くないフェイトは何気なく話題を続けて。
「美味しそう、って、もしかしてソフィアバニラエッセンス舐めてみたこととかあるのかよ?」
ソフィアは視線を材料に向けたままに、笑いながら答えた。
「やだなー、あんな苦いもの口に入れるわけないじゃない」
「…え?」
思わず聞き返したフェイトに、ソフィアが不思議そうな顔をして、
「え? …あ、」
一瞬の間を置いて、ぎくりと表情を強張らせる。
「…口に入れたことないんなら、なんでバニラエッセンスが苦いって分かるんだよ」
「あ、え…その、友達が間違って口に入れちゃってすっごく苦かったって言ってたから」
「でも、"あんな苦いもの"なんて、実際に体験してみなきゃ出てこない台詞だよな」
「…」
ソフィアは言い返せず、気まずそうに視線をずらして。
その反応で、先程の回答は素で本当のことを口走ってしまったものだと判断して。
フェイトは数秒の間を置いてから大笑いした。



「ぶっ、あははははは! や、やっぱり口に入れたことあるんじゃないか、あはははっ」
「わ、笑わないでよー! だってあんなに甘くていい香りなんだよ、そのものもすっごく甘くて美味しいんだろうなって思って当然じゃない!」
「そ、それにしたってお前分かりやすすぎ…あっはははは」
「もー! そんなに笑うことないでしょっ」
頬を膨らませて可愛らしい顔で睨まれて、でもまったく迫力がなくてフェイトはさらに笑った。
「ちょっと、フェイト笑いすぎだよっ」
「さっきほったらかしにされた仕返しだよ」
「何よそれー」
顔を赤く染めながら睨みつけてくるソフィアに、ごめんごめんと謝って。
睨まれて怒られても、さっきのように一言でしか返事がこないよりは随分マシだなと思って。
「悪い悪い、笑ったお詫びにちゃんとお菓子作り手伝うからさ」
フェイトが片手をたてて詫びる仕草をしてみせると、ソフィアはふう、とひとつため息をついて口を開く。
「…もー、しょうがないなぁ。じゃあ、もう今から並行作業でシュークリーム作り始めることにするから、今から私が言う材料集めて」
「はいはーい」
くすくす笑いながら片手を上げてそうフェイトが返事をして。
またお菓子作りが再開された。
…それから、またフェイトがソフィアをからかって怒らせてしまい、麺棒で思いきり殴られ一瞬天国を見るのは数分後。

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