※連載物の最終話です。話がわからない方は25.風ふく街から読んでくださいマセ。






「…ん」
ぼんやりと女の子が目を開ける。
視界に入ってきたのは、見覚えのある金髪。
「あ、起きた?」
すぐ近くから男の子の声が聞こえて、女の子は一瞬驚いて目を瞬く。
女の子の目の前に、見慣れた金髪が揺れていた。
「え、う?」
同時に、自分が男の子の背中に背負われているのに気づく。
男の子は驚いている女の子を落としてしまわないように気をつけながら歩いている。
「起こしても起きなかったから。運んでやろうと思って」
そう言われて、女の子は自分が川の傍の草原で眠ってしまったことを思い出す。
周りを見ると、赤い夕陽が視界に入り、もう夕暮れ時になっているのがわかる。
「そっかぁ…ありがとう」
「いーよ」
軽く答えて男の子は歩き続ける。





女の子は、自分を背負っている男の子の背中を見ながら、ぼんやり考える。





あぁ。
なんだかとっても幸せ。
どうしてだろうね?



どうしてこんな気持ちに、なるんだろうね。





落し物





橋を渡り終え、もうすぐで村の中に入る所で降ろしてもらい、女の子は男の子の隣に並んで歩いた。
二人の後ろでは、ここ最近毎日見ていた夕陽が今日も紅く輝いている。
「今日も楽しかったね」
歩きながら、女の子が楽しそうに言った。
「そだな」
男の子が、前を向いたまま答える。
少し素っ気無い態度の男の子に、女の子は少し不安げに問いかけた。
「…どうしたの?アルベルは楽しくなかった?」
「あ、いや、ううん。そうじゃなくて」
困った顔をしながら男の子が言って。すぐに寂しげな表情になる。
女の子はその表情の意味が読み取れない。何だろうと思って考える。
「…あ。…そっか、もう明日は遊べないんだよね…」
ふぅ、とため息をつく。
もともと父親の仕事に着いてきた二人だったから、期限が来ればここに留まることはできない。
「…ずっと一緒にいれたらいいのになぁ」
そしたら、いつでも遊べるのに。
そう思って、女の子が何気なく言う。
「そうだな。ずっと一緒に遊べたらいいのになー」
「うん。でも、明日でお別れかぁ。寂しいな」
「…そだな」
寂しそうに女の子が言って、男の子が苦笑いを漏らす。
「でも、」
女の子が表情を明るくさせて、男の子を見た。
「また会えるよね?」
そしたら、今度はまた一緒にたくさん遊ぼうね。
そう付け足して、女の子が言った瞬間。



男の子の、表情が。
泣きそうに歪んだ。





「え?」
女の子がそれを見て、思わずつぶやく。
「…ん?」
「…どうか、した?」
「いいや、なんでもないよ」
が、男の子はすぐに笑って答えた。
その顔は、さっきの表情とはまったく違う、いつもの表情で。
女の子は見間違いだったかな、と思い直す。
「今度は、カルサアのアルベルのお家に私が遊びに行くね!」
また一緒に、いっぱい遊ぼ!
女の子が楽しそうにそう言って。
男の子が小さく笑う。





その後しばらく歩いて。
今日は二人一緒に宿屋の前に着いた。
中に入って、ロビーを歩く。
「なんだか二人で一緒にここまで来るのってはじめてだね」
「そだな。一日目はへろへろになってそこのソファで寝ちゃったもんな」
ロビーに備え付けのソファを見ながら、男の子が言った。
「二日目と三日目は、アルベル先に行っちゃったもんねー」
少し拗ねたように女の子が言って、男の子がうっと詰まる。
「…悪かったよ」
「あはは。いいよ」
ロビーを通り抜けて、階段を上る。
軽快な足取りで二人はすぐに階段を上り終え、廊下を歩いた。
女の子の泊まっている部屋の前まで来て、二人が立ち止まる。
「確か、明日の朝に帰るんだよね?ちゃんとお見送りに行くからね」
「あぁ。…じゃあな」
男の子はそう言って、手を大きく振って廊下を走っていった。
女の子も手を振り返して、そしてふと気づく。





明日も。
明日も、ちゃんと会えるはずなのに。
遊べないけど、見送りの時に会えるはず、なのに。



アルベルは。
「また明日」って、言ってくれなかった。



どうして?





「まぁ、たまたまだよね」
女の子はわざと明るい声でそう言って、部屋に入った。
「ただいま、お父さん!」





その日の夜。
宿屋の廊下で、一人の男の子が立っていた。
女の子とその父親が泊まっている部屋の前で、ぽつりと呟く。
「ごめんな、ネル。…ばいばい」
本当に小さな声で言って、男の子は静かにその場を後にした。
向かった先は宿屋の玄関で、その外には男の子の父親がいた。
「…もういいのか?」
「うん」
父親の問いかけに、男の子は短く答える。
「…じゃ、行くか」
男の子は黙ってこくりと頷いた。








次の日。
女の子は日が昇って大分経った後、目を覚ました。
目をこすりながら起き上がって、はっとなる。
「…そうだっ!アルベルのお見送り!」
ベッドから急いで降りて、時計を見る。
まだ、男の子が帰ってしまう時間より前だった。
ほっと一息ついて、それでも急いで着替えて部屋の外に出る。
丁度そこで、女の子の父親に会った。
「ねぇお父さん!アルベル、まだ帰ってないよね?」
見上げながらそう問いかけると、彼は少し悲しそうに笑った。



「…ううん。彼はもう帰ってしまったよ」





「…え」
女の子が呆然と呟いた。
「うそ、どうして!?まだ帰るって言ってた時間よりもだいぶ早いじゃない!」
噛み付くような勢いで矢継ぎ早に訊く。彼はまた困ったように笑う。
少し逡巡した後、答えた。
「…。あのね、彼らの住んでる町で、何か大変な事件があったらしいんだ」
「え…」
「それで、ちょっと予定を変えて、早めに帰ってしまったんだよ」
「………」





「…なーんだ。最後にちゃんと会いたかったのになぁ」
残念そうに女の子が呟く。
「アルベルもひどいと思わない?最後に何か言いに来てくれればいいのに」
「…ネル」
彼はそう呟いて、女の子に目線を合わせるようにしてしゃがむ。
「…そしたら、すぐに起きたのにな……、っ、…」
俯いて、肩を震わせている女の子の頭をぽんと撫でる。
大きな菫色の目からぼろぼろと涙をこぼしている女の子は、父親の服をぎゅっと握り締める。
「ネル。無理しなくていいよ。…大切な誰かと別れたときは、強い人も弱い人も関係なく悲しいさ。泣いたって全然構わないんだ」
それを聞いて、とうとう女の子は声をあげて泣き出した。
父親は女の子の背中をなだめるように撫でる。
父親の服に顔をうずめて、女の子はいつまでもいつまでも泣いていた。








「…ふぅん。で、その男の子が、"あの"アルベルさんだったのね?」
アリアスの村の中心にある屋敷、二階にある広い部屋で。
銀髪の女性が、テーブルの向かい側に座っている赤毛の女性に問いかけた。
赤毛の女性は苦笑して答える。
「たぶん、ね。カルサア出身で名前も一緒。容姿も似てるし。…なんだか信じられないけど」
「それはそうよ。まさか、十年以上も前に会っていたなんてね。信じられないのも無理ないわ」
手元の紅茶を一口飲んで、銀髪の女性が楽しそうに目を細める。
「それにしても、長い旅がようやく終わって帰ってきて、積もる話もたくさんあるとは思ってたけど。まさかあなたが真っ先に初恋話をしてくるなんて思いもしなかったわ」
「なっ…、初恋って」
「そうでしょう?」
さらりと言われて、赤毛の女性が困惑する。
「まぁ、それはいいとして。どうしてその話を思い出したの?あなた、今までずっと忘れてたんでしょう?」
「あぁ。…二日くらい前、久しぶりに家に帰って部屋の掃除をしてたら…こんなものが出てきてね」
赤毛の女性がそう言って取り出したのは、子供用の小さな黒い手袋。
片方だけのその小さな手袋を見て、銀髪の女性が納得したように頷いた。
「なるほどね。それが、アルベルさんがくれた、"宝物"ってわけね」
「…まぁね」
照れたように呟き、赤毛の女性が大事そうに手袋を手に取る。
そんな彼女を、銀髪の女性は幸せそうな表情で見ていた。



しばらく談笑して、銀髪の女性がちら、と窓の外を見る。
窓の外は紅く染まっていて、時計を見なくてもわかるほどはっきりと夕暮れを示していた。
「そろそろかしらね」
銀髪の女性が言って、赤毛の女性が首を傾げる。
「何が?」
「いえ、なんでもないのよ。…この様子だと、綺麗な夕焼けみたいねって思って」
つられるように、赤毛の女性が窓の外を見る。
紅い光に照らし出されている景色を見て、嬉しそうに目を細めた。
「そうだね。…そう言えば、あの五日間もずっとこんな、綺麗な夕焼けだった」
そう言いながら窓の外を見ている赤毛の女性を見て、銀髪の女性がくすりと笑う。
「ねぇ、ネル。たまには思い出に浸って、ゆっくりと夕陽を見てきたら?」
「え…あぁ、そうだね。この頃忙しくてそんな機会なかったし…」
ネルと呼ばれた赤毛の女性は、そう言いながら立ち上がる。
銀髪の女性は席を立とうとしない。
「どうしたんだい、クレア?一緒に見に行こうよ」
クレアと呼ばれた銀髪の女性は、微笑んで首を横に振る。
「私はいいわ。あなたよりは暇があったし、たまには一人でゆっくりしなさい?あなたはいつも他人、他人って、自分のこと優先しないんだもの」
「…そうかな?」
「そうそう。一人の時間を作って息抜きすることも大切だと思うわよ」
ネルは少し考えて、頷いた。
「わかった。じゃあちょっと出てくるよ。少ししたら戻るから」
そう言って部屋の外に出て行くネルを、クレアはいつも通りの微笑を浮かべて見送った。
「…"少し"じゃ、帰ってこないでしょうけどね」
誰もいない部屋で呟く。
その声は当然、部屋を出て行った彼女も含め誰も気づかなかった。





ネルはどこに行くでもなく、村を歩いていた。
戦争が終わって、村にも人が戻り始めている。
ふと、村の中心の広場の噴水が目に止まった。



ここであんたは虹を興味深そうに眺めてたね。





少し歩いて、大きな木を見つける。
葉が風に吹かれてひらひらと落ちているその木は、樹齢をかなり重ねていることが見て取れた。



かくれんぼしてここに隠れて、あんたに見つけられたんだったね。





少し歩いて、町の外れにたどり着いた。
形が多少変わったが、面影の残る城壁がある。
さすがにはしごは同じ位置になかったが、上には登れるようだった。
少し考えて、大地を蹴って飛び乗った。



ここにこっそり登って、一緒に夕陽を眺めたよね。





城壁の端に座って、村の外を眺める。
青々と草が茂る広い草原を見た。



あの場所で、あんたは花冠をくれたんだっけ。





視線を下げて、村のすぐ傍を流れる川を見た。



手袋を飛ばしちゃって、取りに行って…結局二人して川に落ちてびしょ濡れになったっけ。





この場所のすべてに、小さな思い出が沢山詰まっている。
…どうして、忘れてしまったんだろうね。
こんなに大切で暖かい思い出。
どうして、私は忘れてしまったんだろう。
…どこに、思い出を落としてきてしまったんだろう。





「…あの時、忘れたりしないよって言ったのにね」
苦笑して、独り言を漏らす。
「あいつは覚えてたのかな」
独り言を続けて、ふ、と夕陽を見る。
あの時と同じように、紅く美しく輝いていた。





その茜空に、小さな黒い影を見つける。
鳥にしては大きい。
「?」
ネルは訝って凝視する。
その黒い影は、こちらに向かって近づいてきているようだった。
しばらくして、ぼやけていたその影の輪郭がだんだんはっきりとしてくる。
「…エアードラゴンかな」
恐らく、アーリグリフがシランドに何か用でもあったのだろう。
特に気にかけずに、そろそろ戻るか、と城壁から飛び降りる。
地面に着地して、クレアのいる屋敷に戻ろうとした時。
エアードラゴンの羽音が、そう遠くない場所から聞こえた。
この付近に止まったのか、と振り返る。
城門の間から、橋の傍にエアードラゴンが着陸しているのが見えた。





「―――え」
その、エアードラゴンの上から。
見慣れた人間がふわりと降りてくるのが、遠目に見えた。





次の瞬間、ネルは橋の方へ駆け出していた。





城門を潜り抜けて、橋の上に差し掛かった時。
エアードラゴンに乗っていた人間も、ネルに気づく。
そしてその紅い両目を軽く見開いた。





「アルベル」
ネルが相手の名前を呟く。
「…なんでお前がこんなとこにいんだよ」
アルベルと呼ばれた彼がいつも通りの表情で問いかけた。
ネルは相変わらずの物言いに苦笑して、答える。
「クレアの所に行ってたのさ。あの旅を終えてから、いろいろあって顔を出せなかったから。あんたこそどうしたのさ」
「ジジィにパシられてやった」
ふて腐れた表情を見て、ネルが笑う。
「…相変わらず、あのしたたかな老人に弱いんだねぇ…」
「黙れ」
アルベルが言って、またネルが笑った。
「ねぇ、あんたはこの村に宿を取りに来たのかい?」
「あぁ」
「じゃあ、まだ時間はあるわけだね」
「…?」
アルベルが不思議そうにネルを見る。
ネルは微笑んで、夕陽を見た。すぐにアルベルを振り返る。
「少し、昔話をしないかい?」
「…」
アルベルは押し黙った。何か、言いたそうな表情だった。
ネルはくすりと笑う。
「あんたは昔も、そうやって何か言いたいことを言わないことが多かったね」
「…お前、まさか」
ネルは小さくゆっくりと頷いた。
「うん。…思い出したんだ。あの時のこと。あの、空白の五日間を」





「あんたは憶えててくれたのかい?」
確認するようにネルが訊いた。
「…あぁ」
「そっか」
ふぅ、とため息を漏らす。
「あんたはきちんと憶えててくれたのにね…」
「…お前はきれいさっぱり忘れてやがったんだよな」
さらりと言ってくるアルベルに、ネルは軽くうつむいた。





「…あのさ」
「あ?」
「人間って、辛い事や嫌な事、悲しい事を無意識のうちに忘れようとするんだって」
ネルの言葉に、アルベルは無言で彼女の顔を見る。
「自分の心を守るために、自然に忘れようとするんだって」
「…ほぅ…。なら、お前にとって俺に会った事ってのは嫌で嫌でたまらない思い出だったってことだな」
くく、と笑うようにアルベルが言って、ネルが首を横に振る。
「ううん、」
そこで一旦言葉を切って、ネルはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そうじゃないよ」





…あの後。



父さんと母さんの仕事が増えて。
街の雰囲気がピリピリし始めて。
そこでようやく、何か大変なことが起こったと気づいた。
それが、シーハーツとアーリグリフの戦争だって知ったのは、間もないことだった。





あなたは…。
いいや、あんたは。





知ってたんだね。



どうして、あの時予定より早く帰らなければいけなかったのか。
その時起きた事件が何だったのか。
そして、アーリグリフとシーハーツが、それからどうなってしまうのか。





全部、知ってて。
あの、悲しそうな笑顔で。
「また明日」じゃなく、「じゃあな」って。
言ったんだね。





もう。
もう二度と逢えないかもしれないって知ってて。
悲しそうな笑顔で言ったあんたは、一体どんな気持ちだったんだろう。
子供心に、…辛かったんじゃないかな。





それに気づいた時は、もう遅すぎて。
シーハーツとアーリグリフの戦争は、もう止めることができない状況にまでなっていた。
当然、カルサアにもアーリグリフにも行くことはできなくて。
本当に、もう二度とあんたと会えないかもしれないって。
痛いほど理解した。
また、泣いた。





…あぁ。
そっか。
あの頃、私は…。





あんたが好きだったんだ。





ううん…。
あの頃"も"って言ったほうが、正しいのかな?





だから…。
もう会えないかもって思った時、あれだけ大泣きしたんだね。





「…私ね、あんたが帰っちまった後、大泣きしたんだよ」
「…」
「前に言ったよね。小さい頃、泣かないように頑張ってた、って。あの時もそうだったけど、でも…無理だった」
「…」
「あんたがいなくなって、そして…あんたともう会えないかもって思って」
「…」
「本当に、悲しかった」





あぁ。
ようやくわかった気がする。



私が、あんたのこと忘れてたのは…。
自分の心を守る為だったんだ。



でも、そうだとしたら。
私の心はなんて馬鹿だったんだろう。





「…バカだよね。こんな大事なこと、すっかり忘れてるなんて」
「…別に。ガキの頃の事なんだからそれほどこだわる事じゃねぇだろ」
「ううん。どちらかというと、あんたのこと忘れてたって事のほうが、嫌だよ」
「…」
「…そっちの方が、ずっと辛い」





「…ねぇ。今日はアリアスに泊まるんだろう?」
「あぁ」
「明日、すぐにここを発って、アーリグリフに戻らなきゃいけないのかい?」
アルベルは少し何かを考える。
「…いいや。こっちでゆっくりしてきてもいい、とか言われてるからな。急ぎの用もねぇし」
それを聞いて、ネルは無意識に頬が緩む。
「そっか。…じゃあさ、明日一緒にカルサアに行ってもいいかい」
「あぁ?」
「"今度は私がカルサアに遊びに行くね"って、言っただろ?」
"すごいところ"教えてくれるんだろ?





ネルが楽しそうに言って。
アルベルがふっと表情を崩す。





「…。あぁ」
「よかった」
ネルが言って、また微笑む。
アルベルも小さく笑った。








アルベルがふい、とネルに背中を向けた。
「…んじゃ、また明日な」
何気なく言って、村の中に行こうとする。
「……っ」
ネルが驚いたように息を呑んだ。
それに気づいて、アルベルは訝しげに振り向く。
その紅の瞳には、嬉しそうに笑うネルの顔が映っていた。
「…何笑ってんだ」
「あ、いや…大したことじゃないんだけどね」
ネルは少し照れくさそうに答えた。
「昔…去り際に、あんたが"また明日"って言ってくれるのが、何故かすごく嬉しかったんだ」
「は?」
立ち止まったアルベルが意外そうな顔をする。
「ただ、それだけのことなんだけどね。あぁ、明日もまた一緒に遊べるんだなって、実感できたから」
「…」
「また、明日も。一緒にいれるんだって、…思えたから」
「なんで、んな一言だけで…」
「あんたは自分の言った事はきちんと守ると思ってたから」
「…何勝手に決め付けてやがる」
「本当のところはあんたしか知らないだろうけどね」





でも。
無意識に、そう信じてた。



だって現にあんたは、私と明日会えないかもしれないってわかってた時、"また明日"とは言わなかっただろう?





「ま、これからは滅多に"また明日"なんて言わなくなるだろうけどな」
「…え?」
ネルの顔が寂しげに強張る。
「…んな顔すんじゃねぇよ。少ししたら、俺らに去り際なんてなくなるだろうが」
「は?」
ネルが素っ頓狂な声を出して。
「同じ所に住んだら、んな台詞言う必要もなくなるだろ」
アルベルがさらりと返した。





それはつまり。
そういう意味にとってもいいのかな。





"また明日"なんて言う必要がないくらい、当たり前に、当然のように。
ずっと一緒にいられる、と解釈してもいいのかな?





「違うか?」
「………。違わない…」





ああもう。
本当に、あんたは。



昔も今もずっと変わらず。
私が一番欲しい答えをくれる。





私が木の上から落ちた、あの時と同じように。








昔も今も、そしてきっとこれからも。
相も変わらず、ずっと、





愛してる





「あ?何か言ったか」
「いいや、何も?」





恥ずかしくて。
まだまだ、口に出して言えそうにはないけど。





「そういうわけで、言う機会なくなるだろうから今のうちに聞いとけ」
「はい?」
「―――また、明日な」
「―――……」





"また明日"で終わる一日が。
あの頃は、一番の幸せだったけど。



でも。
その言葉がなくても。





その言葉がなくたって、一緒にいられる今のほうが。
幸せに思うよ。
…もちろん、その台詞を聞いた時の嬉しさは、変わってないけど。





あの時と同じ夕暮れ時。
紅い大きい夕陽が、地面に映し出した、二つの黒い影を見ながら。





そんなことを思った。





「何だよ。…これ言われるのが嬉しかったんだろうが」
少し照れくさそうに、笑って言われた台詞に。





表情が緩んで、





「うん。…ありがとう」





幸せそうに笑って、答える。








「また、明日」