※先に29.思い出を読んでいただくと話がわかりやすいかと。 ※連載物です。オリジナル設定かなり入ってます。 彼とずっと一緒にいたいと、初めてそう思ったのは。 遠い遠い昔。 まだ私が幼かった頃、彼と出会って二回目の時だった。 きっと私は十歳にもなっていなかったと思う。 その時、彼は彼の父親の仕事に着いてきてその街に来ることになっていた。 そして私も、父さんの仕事にくっついてその街に来ていた。 逢えたのは偶然で、その時はお互いに相当に驚いていたと思う。 それは暖かい風が吹く、暖かい季節。 出会いと別れの季節とも言われる、春の出来事。 風ふく街 「ネールー」 少し間延びした声が、窓の外から聞こてきた。 窓の外から呼びかけられた人間は、その声を待ち望んでいたかのように弾んだ足取りで窓を開ける。 数秒後、窓が開く音がして続いて一人の人間が顔を出した。 小さな女の子だった。夕陽のような髪の色で、年はまだ十を越していないくらい。 女の子は窓の外から自分の名前を呼んだ人間に向かってにこりと笑う。 窓の外には、金色と黒が混じった髪を風に揺らしながら、一人の男の子が立っていた。 女の子と同じか、少し年上だろう。 「今行くね!待ってて!」 女の子はそう告げて、すぐに顔をひっこめた。続いて窓がぱたりと閉まる。 女の子は二階から階段を軽快に下りて、一階にいた自分の父親に向かって大声で話しかけた。 「お父さん!遊びに行ってくるね」 その声が建物の中に響いて、返事が返ってくる。 「今日もアルベル君と?」 「うん!」 女の子はそう返事をして、玄関へと走る。 扉を開けると、先ほど女の子が窓から見下ろしていた男の子が立っていた。 「おはよう、アルベル」 アルベルと呼ばれた男の子はにかりと笑って答える。 「おはよ、ネル」 「今日は何して遊ぶ?」 ネルと呼ばれた女の子はアルベルにそう聞き返す。 彼と彼女がこうして一緒になって遊ぶようになったのは、つい昨日からだった。 二人の父親が仕事で会談をすることになり、長い話になりそうだからとその村に泊りがけで行くことになって。 母親も別の仕事で家を空けているため、ネルは父親についていくことになっていた。 その村に着いてすぐに父親であるネーベルは仕事に行ってしまったので、一人で宿屋で荷物を降ろしていたネルは、聞き覚えのある声を聞いて振り向いた。 見ると、見覚えのある黒いコートを着た男の子がネルのいるほうへ向かってやってくる。 肩には大きめの鞄がかけられていた。 「え?」 ネルは思わずそう声を漏らし、ぽちぱちと瞬きを繰り返す。 男の子の方もネルに気づき、目が合う。 「…あ。あー!久しぶり!」 金髪(よく見ると黒い色素も混じっている)の男の子は、ネルを見て表情を明るくさせ、走りよってくる。 「ほんと、久しぶりだね!元気だった?」 「うん。お前も元気そうでよかったよ」 お互いに笑いあいながら会話を交わす。 「何でここにいるの?カルサア…だっけ?そこに住んでるって言ってなかった?」 前会った時、男の子が言っていた言葉を思い出し、ネルが尋ねる。 「そうだよ。でも、今日は親父の仕事についてきたから」 「そうなんだ。わたしも一緒だよ。お父さんのお仕事についてきたんだ」 「そっか…。てことは、俺の親父と会議するシーハーツの偉い人、って、お前の父さんだったんだー」 納得したようにつぶやく男の子に、ネルは思い出したように口を開いた。 「あ!忘れてた。わたしはネル。ネル・ゼルファーだよ。あなたは?」 自己紹介をするネルに、男の子は笑って答える。 「ネル?へぇ、呼びやすくていい名前だな。俺はアルベル・ノックス。アルベルでいいよ」 「そう?じゃ、わたしもネルでいいよ。アルベル」 出会うのは二度目なのに、お互いの名前を呼ぶのは初めてだった。 「じゃ、荷物置いて外遊びに行こうぜ!」 「うん!」 そして、日が暮れるまでさんざんに町を探検して。 遊び疲れて、父親達が呆れるほど早い時間にぐっすりと寝入ってしまい。 朝になり、今に至る。 「んー。今日も探検すっか?」 アルベルが提案して、ネルが考える。 「でもそれじゃ昨日と一緒だよね。…今日入れて四日しかここにいられないから、違うこともしたいなぁ」 宿屋の玄関の前に立ちながら会話する。 途中、宿屋から客と思われる人が二人ほど出てきたので、二人は慌てて道を譲った。 ありがとうね、と笑顔で言って歩いていく二人の客に軽く頭を下げて、アルベルが言った。 「じゃあさ。この村のすごいところを探すってどうよ」 「すごいところ?」 ネルが訊き返し、アルベルが楽しそうに答える。 「前、母さんが言ってたんだ。"どんなに小さい村でも、すごいところや綺麗なところはいくつもあるんだよ"って。だから、この村でも探してみようかなって」 「ふぅん…面白そうだね!」 「だろ?」 意見がようやくまとまって、二人が歩き出す。 「ねぇ」 「ん?」 歩き出しながら、ネルが隣を歩くアルベルに声をかける。 「アーリグリフやカルサアでも、すごいところ探しとかしたの?」 「うん。したよ」 楽しそうに言うアルベルに、ネルがまた訊いた。 「いっぱいあった?」 「うん。すげぇいっぱいあった。寒くて雪しかない町でも、埃っぽくて土しかない町でも、すごいところってあるんだよな」 すぐに答えが返ってきて、ネルが笑った。 「じゃあ、わたしがカルサアに遊びに行ったら、すごいところいっぱい教えてね!」 アルベルは一瞬驚いて、そして数拍置いて答える。 「…。うん、いいよ」 「えへへ。ありがと」 ネルがまた笑って、つられるようにしてアルベルも笑った。 複雑そうな笑顔だった。 「ねーアルベル、これってすごくない?」 しばらく、"すごいもの探し"を続けていた二人は、村のあちこちを歩き回っていた。 村の中心近くに来たとき、噴水を覗き込んでいたネルが、少し離れたところに入るアルベルを手招きした。 「んあ?」 アルベルが近づく。ネルは噴水の中を指差した。 「ほら、噴水の水のとこに虹ができてるの。すごくないかなぁ?」 アルベルが見ると、水飛沫をあげている噴水の水に陽の光が当たって、小さな虹が出来ていた。 「うわ、すご!」 「でしょでしょ」 「虹なんて始めて見たよ」 「えぇ!?」 ネルが驚いたように声を上げる。アルベルは少しむくれながら答えた。 「だってカルサアでは滅多ににわか雨降らねぇから雨降ったとしても虹でねぇし、アーリグリフじゃ雪しか降らねぇからさ。アリアスに来たのはほとんど始めてだし」 「そうなの?わたしの町ではよく雨が降るから、よく虹も出てるよ」 「ふぅーん…」 どことなく羨ましそうにアルベルが呟いた。 それからしばらくして、太陽が空の真上に昇る頃。 「…おなかすいたね」 「おなかすいたな」 ずっと歩き回っていた二人のお腹が自己主張を始め、二人は揃ってつぶやいた。 宿屋に一旦戻ることになって。アルベルは走り回って暑くなったのか、黒いコートを部屋に置きに行く。 「この村って思ったより暖かいから、持ってきた意味なかったかもな」 アルベルが言って、ネルがそうかもね、と答える。 二人の父親は仕事中らしく戻ってこなかったので、宿屋の食堂へ行って二人で昼食をとった。 二人がここに来た日、五日分の滞在費用を父親がまとめて払っていた。 その中にはもちろん食事代も入っていたので、二人は好きなものを注文する。 「いつもは母さんも親父も仕事だから。誰かと食べるご飯なんて久々だ」 食事中、アルベルが程よく冷めたパスタをつつきながら嬉しそうに言った。 「そうなんだ。わたしも一緒だよ。お父さんもお母さんもお仕事で忙しいから」 熱いグラタンを冷ましながら食べているネルが相槌をうった。 「へぇ。まっ、もう慣れちゃったけどな」 「あはは。わたしもだよ。最初は寂しかったけどね」 そんな他愛もない話をしながら二人はのんびりと昼食をとった。 やがて全て綺麗に平らげ、カウンターの女性に一言残して、また元気よく宿屋の外に出て行った。 「なぁネル、これって昇っていいと思う?」 昼食をとり終え、また"すごいもの探し"を続けていると、次はアルベルがネルを呼んだ。 アルベルの目の前にあるのはその村をぐるりと取り囲む城壁で、ネルは首をかしげながら近づく。 「どれ?」 「これこれ」 アルベルが指差したのは城壁にかかっている梯子で、城壁の上へと続いていた。 二人の背の二倍以上の高さはある城壁は、昼過ぎの日差しを遮って彼らの足元に影を作っていた。 「………うーん。どうだろうねぇ」 「昇っちゃおうぜ」 「えぇ?」 ネルが驚く。アルベルはさほど気にせずに、梯子に足をかけた。 「ちょ、ちょっとアルベル。勝手に昇ったら怒られちゃうよ」 「だーいじょうぶだって。本当に昇っちゃダメなら、俺ら子供が簡単に見つけられるようなとこに梯子たてとかない」 ネルはそう言われて、そうなのかなぁと妙に納得する。 納得している間に、アルベルはあっという間に梯子を上り終えて城壁の上に立った。 「うわ、すげぇ眺め!でも、風強っ」 楽しそうに言うアルベルの髪や服が風にあおられてばたばたとはためく。 言葉とは裏腹に気持ちよさそうな風に吹かれて楽しそうにしているアルベルを見て、どうしようか迷っていたネルは梯子に手をかけた。 しばらくして、城壁の上に二人の子供が並んで立っていた。 「うひゃー、ほんとにすごいね!」 ネルが目を輝かせて言う。 そこからはその村が一望できた。 子供が地面に立って見る視点とはまったく違った村が見える。 少し遠くに視線をやると、二人の住んでいる町まで見えた。 「な、昇って良かっただろ?」 「うん!」 楽しそうにネルが返事をする。 そこは風が強い、おそらくその街で最も見晴らしのいい場所だった。 昇っているのは二人の子供で、そこから見える景色について思い思いの感想を言い合っていた。 「そういえば、この街は風が強いねぇ」 ネルが言って、アルベルが頷いた。 「ほんとだよ、ここ来て何回も目に砂入った」 大きな目が不満そうに細められる。それを見てネルが少し笑った。 「でも、風ってすごいと思わない?」 「え?」 アルベルがきょとんとネルを見る。 「なんで」 「だってさ、今わたしとアルベルのところにいる風は、いろんなところを回ってきたんだよ」 ネルが笑って、吹き抜ける風に触ろうとしているかのように手を前に掲げた。 「わたし達が見たこともない景色とか、町とか…いろんなことを知ってるんだよ」 アルベルはネルの話を、不思議そうに聞いていた。 「そんな風がいっぱいここには集まってるんだよ。すごいでしょう?」 「…ふーん。ネルって面白い考え方するのな」 「え。変かな?」 「ううん、」 アルベルは首をゆっくりと横に振った。 「いいんじゃねぇか?」 言って、笑う。 「それにさー、風がすごいのかどうかはわかんねぇけど。風って気持ちいいよな」 「そうだね。強すぎるとちょっと大変だけど」 ネルが笑う。 今は強い風は吹いておらず、穏やかな風がゆっくりと二人の間を吹き抜けていった。 「あ。もう日が暮れちゃうね」 そんなことを話していると、 ついさっきまでずいぶんと高い位置にあったはずの太陽がもう地平線の上にまで落ちてきていた。 「え、もうそんな時間か」 アルベルが少し驚いて、夕日になる直前の太陽を見る。 そして、 「うわ、すげー」 歓声をあげた。 「…。ほんとだ」 ネルも夕日を見て、納得したようにつぶやいた。どこか呆然と。 背を向けていた西の空は、紅い世界が広がっていた。 空だけではなく、照らされている雲も町も何もかもが紅く染まっている。 ネルがふと、隣に座るアルベルを見る。 彼も例外なく、紅い光に照らされていた。 「明日もまた晴れだね。こんなに夕焼けが綺麗なら」 ネルが言う。アルベルは大きく頷いた。 「じゃ、明日もまた一緒に外で遊べるな」 「そうだね」 ネルがにこりと笑う。 「明日はさー、あの川の近く行ってみたいな」 アルベルが指差したのは、アリアスの村を出てすぐにあるそれほど大きくはない川だった。 「川?」 「うん。俺川って近くで見たことないんだよな」 「え、そうなの?」 「カルサアにはでかくて深い谷川しかねぇし、アーリグリフは川なんて凍っちゃうからさ」 ネルはああなるほど、と納得したように言う。 「本当は今行きたいけど、もう門閉まっちゃってるしさ」 二人のいる城壁の左下あたりの、すでに閉められてしまった門を見ながら残念そうにアルベルは言った。 「しょうがないよ。あの門を出なきゃ、外に出られないんだし」 「…こっから飛び降りようかな」 「だーめ。飛び降りて、それからどうやって戻るの?」 「あー。そっか」 間の抜けた返事をしたアルベルに、ネルは苦笑いを返す。 アルベルは残念そうな顔のまま、ちらりと空を見る。 夕日はもう半分ほど沈んでいて、後数分でこのあたりは真っ暗になるだろうことが容易に想像できた。 「じゃ、そろそろ戻るか」 「そうだね。暗くなったら危ないもんね」 二人は順番に梯子を降りて、地面に降り立った。 宿屋へ続く道を二人で並んで歩く。 夕日が作り出した長い影が、二人の前に伸びていた。 二人の動きにあわせて形を変える影を、ネルは面白そうに眺めている。 影を観察しながら歩いていると、前を歩いていたアルベルにぶつかる。 「わ!ごめん」 立ち止まっていたアルベルに、ネルは慌てて謝る。 「どした?よそ見してたのか」 「ううん、なんでもないの」 「そっか」 ネルはアルベルが何故急に立ち止まったのか一瞬考えて、もう宿屋の前に来ていたことに気づいた。 「今日はもうおしまいなんだね。早かったなぁ」 「そうだな。まぁでもまた明日遊べるだろ」 「うん。また明日も一緒に遊ぼうね」 「もちろん」 アルベルが即答して、ネルは満足そうに微笑んだ。 NEXT. |