目の前を紅い光がよぎる。 一瞬、ふと目を奪われた。 今のは何だったのだろう。 そう思って視線をずらす。紅い不思議な光はまだそこにいた。 紅い光は私が視線を向けたと同時に、また移動をし始めた。 ほぼ無意識に、足が動く。 気づけば、私はその光を追って歩き出していた。 ぼんやりと漂う、不思議で怪しい、…いや、どちらかというと、"妖しい"光。 "怪しい"ではなく、"妖しい"と称したのは、その光が不審というより、何だかとても綺麗で美しいという印象があったからだった。 どうしてそう思ったのかは解らない。 正体も知れないそれに対することだから、第一印象としか言えないかもしれない。 妖しい光 今日、シーハーツでは星を祭る祭典があった。 戦争も終わったし両国の親睦を深める意味も兼ねて、シーハーツの国民はもちろんアーリグリフの重役から国民まで自由に参加できる祭。 その祭の起源はさまざまな説があって、星がとても綺麗に見えるからそれを祝うとか、今日だけ星から神が降りてくるとか、星が未来や過去を見せてくれたりするとか色々で、今となってはその祭の本当の意味を知っている者はほとんどいないそうだ。 そういえば、プリン色の頭のあいつも一応は重役と称される身なので当然来ていて、郷に入ればなんとやらでシーハーツの式服を纏っていたりした。 「こっちの服装は涼しいし軽いから嫌いじゃない」なんて本人は言ってたし、黒い式服だったから中々に似合っていたけど。 今は式典も終了し、夕闇の中で明るい灯りをともした屋台や出店が立ち並ぶ祭がにぎやかに執り行われていた。 式典が終わってやる事がなくなった私はそれからどうしたかと言うと、 「あなたここのところまったく休んでいないじゃない?根を詰めすぎると体に障るわよ。今日くらい羽を伸ばして遊んできなさい?アルベルさんだっているんだから。会うの久しぶりでしょう?」 そうクレアに言われ、でもあいつを誘うのはなんとなく照れくさかったから、そのまま一人でふらふらと街を歩いた。 出店や屋台で何か買いませんかと声をかけられたり、すれ違う子供達に手を振られたりしながら、どこへ行くでもなく歩いて。 賑やかな喧騒を離れた、青々と茂る森に近い場所であの紅い光に会った。 紅い光は森の中にふわふわと入って行った。 追いかける私も背の低い草を踏みしめながら森に入る。 歩くたびにさわさわ、と草の擦れる音が聞こえる。微かに足を掠める柔らかい草がくすぐったい。 しばらく歩いて、少し妙なことに気がついた。 紅い光は、私に合わせて動いているように見える。 私が後を追っているのを知っているのか知らないのかはわからないが、私が大きな樹を軽く迂回している間はその場で佇んでいるし、私が近づこうと足を速めるとその分だけ光の動きも速まる。 まるで私をどこかへ誘導しようとしているようで、不思議だった。 しばらく、そんな風に歩いて。 森が開けた。 森を抜けたその先に広がっていたのは、紅い紅い草原。 紅い、同じ種類の花が何千何万と咲き乱れて地面を覆っている。 今は夜と言ってよい時間帯だが、月明かりが明るいのと元々夜目の利くこともありしっかりとその鮮やかな色彩が見えた。 あぁ、ここは父さんの墓がある草原の近くみたいだね。 紅い海の中にひとつ佇む墓標を思い出し、そう思う。 そこまで考えて唐突にあの光のことを思い出し、はっと気づいて回りを見回す。 さっきまで一定距離を保ちながら移動していた紅い光は、今はどこにも見えなかった。 「………」 おかしい。さっきまで目の届く範囲内にいたのに。 そう思って、探してみようと紅い草原に一歩踏み出した。 後からどうしてそこまであの光に執着したのかと思ったが、今はそんなことはまったく思わなかった。 足元に咲いている花を掻き分けながら、草原の中を歩く。 その間ずっと辺りを見回していたが、あの光はもう見えなかった。 「…どこ行ったんだろう」 小さく呟く。 夜の静かなよく声が通る場所で、私の声だけが響いた。 その時。 がさり。 後ろで、草の音…いや、何かが草を踏みしめる音が聞こえた。 気配は感じなかった。驚いて、でもそれを顔に仕草に出さないよう振り向く。 振り向いた先には、小さな子供が立っていた。 シーハーツの、子供用の式服を着ていた。ついでに大人がつける式服の一部のヴェールを頭に羽織っていて、サイズが会わない所為か布で顔の上半分が覆われていた。 この夜闇の中によく映える白いヴェールから、紅い長い髪が伸びている。 口元だけ見える子供の口が開かれて言葉を紡いだ。 「どうしたの?誰か探してるの?」 その子供はそう私に問いかけてきた。 子供らしい、高くて可愛らしい声。男の子だろうか、それとも女の子だろうか。 あぁ、さっきの独り言を聞いていたのか。そう思って特に何も思わず、答える。 「いや、人を探しているわけじゃないんだ。さっきまで、この辺に不思議な光がいてね。何かと思って探してるんだけど、いなくてさ」 そう答えると、その子供はにっこりと笑う。見えている口元が、笑みの形を作った。 「わたし、その光のいる場所知ってるよ」 あぁ、女の子かな。そう思い、同時に彼女の台詞に少し驚いた。 「そうなのかい?」 「案内してあげようか」 そう言う少女が、そういえば一体どこから来たのかふと疑問に思った。 一応祭が行われているとはいえ、もう子供は家にいなければならない時間なのではないだろうか。 少女がこう言っているとはいえ、案内する為に連れまわすような真似なぞしない方がいいんじゃないか。 「どうしたの?」 考え込んでいる私を不思議に思ったのか、少女が首を傾げて訊いてきた。 「あぁ、何でもないよ。ところで、案内なんて頼んでいいのかい?もう家に帰らなきゃいけない時間じゃないかい?」 噛み砕くようにゆっくりと話す。 少女はすぐに答えてきた。 「時間なら、まだ大丈夫だよ」 「そう…。家はどこにあるんだい?ここから近いの?」 「お家?前はシランドに住んでたけど、今は違うよ。今はここからとっても遠いところにいるの。でも本当に大丈夫、今日だけはたくさん遊んできてもいいことになってるから」 もし少女の家がここからすぐ近くだったのなら良いかと思っていたのだが、今はシランドに住んでいないということならそう近い距離ではないようで。 今日だけは沢山遊んでもいい、と言われているのなら、アーリグリフ方面の子供だろうか。 シーハーツの服装に馴染んでもらう為に両国民関係なくシーハーツの服を着ているので(もちろん、アーリグリフの民が拒めば強制はしないことになっているが)、少女がどこ出身かまでは判らなかった。 さて、どうしようか。そう思って少女を見る。 「じゃあ、どうしてここに来たんだい?ここはシランドの人間でも、あまり知らない場所なのに」 ここはシーハーツの王族や貴族その他上級兵士や城の関係者が亡くなった後に行き着く場所、墓地のすぐ近くの草原だった。 故にシランドの一般市民はこの場所を知らないはずだった。隠してはいないが公言もしていない。 少女は少し答えに困った風に、答える。 「えっとね、わたし、前はこの近くに住んでたから。それでね、この近くにわたしのお気に入りの場所があるの。久しぶりにそこへ行こうと思って、ここまで来たの。だから、あなたが案内しなくていいよって言ってもわたしはまだここにいるから、一緒だよ。まだまだお家には帰らないしね」 そう言われると、この少女を野放しにする方が逆に危なく思えた。 治安が良いシランドとはいえ、こういう祭の時には不穏な輩がたまに出没する。 まぁ、案内を頼むのもいいか。あの光も気になるし。そう思って苦笑した。 「わかったよ。なら、案内を頼もうかな」 「任せて!」 少女が嬉しそうに言って、私の手を握って歩き出した。 少女の足が向かう先は、草原の奥。 手を繋ぎながら歩いて、紅い草原を横切る。 相変わらず少女のヴェールはサイズが合っていなくて、本当に前が見えているのか心配になるくらい目深に被っていた。 「そのヴェール、サイズが合ってないんじゃないかい?前が見えないし、とったほうがいいと思うけど」 そう率直に言うと、少女はヴェールに手をやって押さえながら言った。 「いいの。被っていたいの」 そうやって言う少女を見ながら、くすりと笑う。 「ふふ、でも解るよ、その気持ち。私も子供の頃、大人みたいに背伸びしたいなって思って、母さんのを借りて被ってたことがあったから」 結局、前が見えなくて不便ですぐにとっちゃったけど。そう言うと、その言い方が面白かったのか少女が笑った。 相変わらずヴェールはそのままなので、口元だけで判断する他ないが。 しばらくそうやって他愛もない話をしていると、少女が不意に立ち止まった。 「こっちだよ」 そう言って、ちょっとした茂みになっている所へ入り込む。私も続いた。 そこは背の高い草…というか植物がみっしりと生えていて、少女は顔から下が隠れてしまっていた。 そんな中でも迷わず歩いていく少女を見失わないように注意してついて行った。 手を繋いでいなければはぐれていたかもしれない。 がさがさと草を掻き分けて歩いていると、数分も経たないうちに開けた場所に出た。 そこは、 「うわぁ…」 先ほどの紅い光が、いくつもいくつもふわふわ漂っていた。 漂う下には小さな泉があり、済んだ水面に月と星と紅い光がぼんやり映っている。 とても幻想的で綺麗な光景だった。 「ここがわたしの秘密の場所だよ」 少女が得意そうに言った。 「シランドに住んでた時に見つけて、それからずっとお気に入りの場所」 「へぇ…でも、私が知ってしまってよかったのかい?秘密の場所だったんだろ」 「いいよ。あなたは特別」 特別?今日始めて会った、名前も知らない相手が? そう思ったのを表情で読み取られたのか、少女はにこりと口元で笑ってこう言った。 「だってわたしはあなたのこと、よく知ってるからね」 言われて少し当惑して、そう言えば自分は両国から見てもそこそこ有名人だったな、と考え付く。 きっと少女はクリムゾンブレイドは自分を害さない存在だと親あたりに教えられているのだろう。 なるほど、それなら納得もいくし少女が自分を警戒しないのも頷ける。 「そっか。それはありがとう」 とりあえずそう言って、私は泉の近くに歩み寄った。 紅い光に近づいて、そこでようやく正体に気づく。 「蛍…」 光っていたのは蛍のぼんやりした光だった。紅い光とは珍しいな、と感心する。 「くれないぼたる、って言うんだよ」 「紅蛍…あぁ、名前を聞いたことだけはあるよ。なるほど、紅い光だから紅、か。珍しいね」 「うん。今の時期、星のお祭りの時しか見れないんだよ」 少女がそう言って、すっと蛍に手を差し伸べた。 ふわふわ漂っていた蛍は、少女の指に止まって羽を休めている。 「きっと自分の役目を果たしにきたんだね」 「役目?」 少女が楽しそうに嬉しそうに言う。 「うん。ねぇ知ってる?くれないぼたるはすごいんだよ。わたしたちには絶対できないことをしてくれるの」 「ふぅん、それは知らなかったな。教えてくれるかい?」 そう言われるのを待っていたかのように、少女が意気揚々と答える。 「くれないぼたるは、"昔に帰らせてくれる蛍"って言われてるんだって」 「昔?」 「うん。毎年毎年、同じ場所に絶対におんなじ風に来るんだって。だから、昔からまったく変わらないように見えるらしいんだ。いつ見ても昔とおんなじように見えるから、"あぁ、昔に帰ったみたいだ"ってみんな思うらしいよ」 「そうなんだ…」 「あなたも、昔に戻れるかもしれないよ?」 そう言って笑った、少女の仕草が。 何故だか覚えがあるような気がして、軽く目を見開いた。 が、すぐに気のせいかな、と思い直す。 私はこの少女に会ったのは、初めてのはずだ。 初めての、…はずだから。 まだ蛍を眺めていたくて、その場に座り込んだ。 着ていた式服の白い裾が広がって、ふわりと浮いてすぐに沈む。 少女もここまで来て歩き疲れたのか、隣にちょこんと座った。 「昔、か。戻れたら、きっと素敵なんだろうね」 そう言うと、少女が不思議そうに首を傾いだ。頭のヴェールが同じように傾く。 「あなたは今より、昔のほうが良かったの?」 「うーん、そういうわけじゃないと思うんだけどね」 今の生活に不満があるわけではない。 でも、小さかった頃の方が幸せだったのではないだろうかと少し思えてしまうあたり、自分は今を楽しんでいないのかもしれない。 私は、今幸せではないのだろうか? 「わたしは、昔も今もすごく幸せだよ?あなたは今幸せじゃないの?」 言われて軽く驚いた。まるでさっき思っていたことを読まれたかのようだった。 そして問われた台詞について、考える。 自分は今幸せなのだろうか。 先ほど自問自答した質問を、もう一度自分に問いかけた。 そういえば"幸せ"かどうかについて考えた事なんていつ以来だろう。 自分はいつから、自分が幸せかどうかわからなくなったのだろうか。 …あぁ、そうだ。父さんが死んで、跡を次いでクリムゾンブレイドになった時からだ。 それから、幸せかどうか考える余裕なんて忙殺されてしまったんだ。 父さんが死ぬ前、もっと言えば戦争が始まる前。 まだ幼い子供だった頃は、多分誰に訊かれても幸せだと胸を張って言えただろう。 小さい頃、幸せだったこと。 母さんに施術を初めて習って、それが成功した時。 そしてそれを褒めてもらい、頭を撫でられた時。 クレアやロザリアや、皆と日が暮れるまで遊んで、笑い合っていた時。 時には喧嘩して、そして仲直りできた時。 父さんが任務から無事に帰ってきて、ただいまと言って微笑んでくれた時。 ふと思い出す。 父さんが帰ってくるようにと、母さんに教えてもらった、小さなおまじない。 パルミラの千本花と同じようなもので、折り紙で小さな鶴を折ること。 その時の私はそんなに多くの数の鶴を折れなかった。 でもおまじないが効いてほしくて、任務に行く父さんにお守り代わりにって渡したことがあった。 そうだその時、その折り紙の裏に"お父さんが無事に帰ってきますように"と書いて鶴を折っていたんだ。 父さんもそれに気づいて、帰ってきて少し経ってからお返しにメッセージの書かれた鶴をくれたりした。 丁寧に広げて、書かれている返事を見て、また丁寧に折りなおして大事にとっておいた。 それからずっと、父さんの任務の時には必ず鶴を折っていたように思う。 祈りを込めて鶴を折っている時も、こうすれば絶対父さんは大丈夫だと思えて、幸せだった。 …今では、それも叶わないけど。 「…私は今幸せなのかな……」 ぽつり、呟いた。 「…昔の方が幸せだったの?」 少女が訊いて、私は少し困りながら答えた。 「どうなんだろうね?でも、昔には在って今は失くしたものは、結構ある気がする、かな」 例えば、幸せと胸張って言えるような無邪気さとか。 友達と、日が暮れるまで遊べるような時間とか。 まだ誰も手にかけていない、人を殺すことを知らない自分だとか。 そして、…任務中に亡くなった、父さんとか。 「それがないから、今幸せじゃないの?」 少女はこちらを見ながら、と言うより瞳は隠れて見えないので顔を向けた状態で、また問う。 「そうかもしれないね…失くした物や、亡くなってしまった人達は、もうどうあっても帰ってこないから」 言ってしまってから、後悔した。 こんな小さな子に暗い話をして、自分はどうしたいのだろう。 少女も嫌な気分になるかもしれないのに。 そう思って少女の方を見た。 隠れて見えない表情が、かろうじて見える口元が、今は何故か何の感情も映していないように見えた。 「きっと、その"亡くなってしまった人"は、あなたがそうやって悩んでも、喜ばないと思うよ」 そう言った少女の声は、ひどく落ち着いていた。 声の質は相変わらず可愛らしいものだったが、纏う雰囲気が落ち着いた、ゆったりしたものになっている。 「え?」 「だって、そうやってあなたが幸せになれない理由にされたら、その人もきっと悲しいよ」 「………」 「その人も、あなたには幸せになってほしいと思うんだ」 「私は、幸せになれるのかな」 いろんな物を失くして、数え切れない命を葬ってきたのに。 幸せになる資格なんてないかもしれないのに。 「なれるよ」 少女の声が響いた。 凛とした声だった。 「幸せになれない人間なんて、いないんだから」 少女の台詞に驚いて、同時に違和感を覚える。 おかしい。少女は見た目十歳かそこらなのに、この達観した、落ち着いた素振りや考え方はなんなのだろう。 そして先ほど感じた、実は今も感じている、何故か覚えがあるような少女の仕草や行動。 「あのさ。あんたの名前、教えてくれないかな?」 「えっ?」 周りに蛍が飛び交う中、泉の傍に二人並んで座って。 水面に映った少女の半分隠れた表情が、驚いたように変化した。 「ちょっと気になる事があってね。もしかして、いつか会ってるかもしれないって思って」 「―――……」 「わたしは………」 少女が、何か言いかけて口を開いて。 そしてすぐに閉じられた。 「?」 何かまずい事を言ってしまったのだろうかと心配になって、少女の顔を覗きこむ。 少女はそれを気にした様子もなく、口をまた開いた。 「…そろそろ、帰らなきゃ」 言ってすぐに、少女が勢い良く立ち上がった。 突然の少女の行動に面食らっているうちに、少女は紅蛍がふわふわ佇む方へゆっくりと歩きだす。 「えっ?ちょ、待ってよ」 まだ名前すら聞いていないのに。そう思って呼び止めようとする。 少女は数歩歩いた所で立ち止まった。 振り向いて、私の方を隠れた瞳で見る。 「…あなたは自分で、…幸せになる資格なんてないって、そう、思ってるのかもしれない」 「そう思えてしまうような事を今までやってきたんだって、そう思ってるのかもしれない」 「でも、何があっても、幸せになることを諦めないで」 「あなたが幸せになろうとしない限り、あなたは幸せにはなれないから」 まるで。 大人のような、落ち着いた口調で少女が言葉を紡いだ。 その口調や態度は、初めて会った時とは比べ物にならないほど大人びている。 少女の言葉に驚いたのか、呆気にとられたのか、私は何も言葉が出てこなかった。 先ほどまで聞こうとしていた数々の疑問も、喉に貼りついたように出てこない。 また、少女が口を開いた。 「だから、幸せになって。絶対に」 「…俺も、それを望んでるよ。―――ネル」 …え? 「…あんたは…一体誰なんだい?」 考えるより先に、口から疑問が出ていた。 少女は笑って、答える。 「そうだな…その答えはきっと、君の一番大切な人が知ってるよ」 その口調には、憶えがあった。 「じゃあな。ネル」 少女はそう一言だけ言って、またくるりと踵を返して駆け出した。 背の高い草が密集している方向へ行ってしまい、姿が見えなくなる。 「ま、待って!」 慌てて追いかけた。 が、がさがさと草を掻き分けて出た先には、紅の花の咲く草原だけが広がっていて。 まわりにいるのは無数に浮かぶ紅蛍達だけで。 少女の姿はどこにもなかった。 私はそのまま、その場に立ち尽くしていた。 夜風が吹いて、草を揺らす。 風の音が、何故か遠く聞こえた。 |