※猫物語第二段。猫がわからない方は先に42.過ぎ行く時間を読んでくださいマセ。






「こらぁー!待ちなっ!」
宿屋の中、個室がある二階で、紅い髪の女性が走り回っていました。
何故彼女が走り回っているのかというと、一匹の猫を追いかけているからでした。
彼女が追いかけている猫は、二又しっぽの小さな猫です。
猫特有の素早さと敏捷さで、彼女から逃げ回っています。



いつもは静かなはずの、カルサアの町。
の、やっぱりいつもは静かなはずの、宿屋で。
秋の風物詩(?)の台風のような騒ぎが起こっていました。





逃げろ!





その騒ぎに、個室の中にいた彼女の仲間がなんだなんだとドアを開けて顔を出しました。
「ネルさん?どうしたんですか…ぶっ!」
猫は、進行方向にうっかり出てきてしまった青い髪の少年の顔にネコパンチをお見舞いして、ついでとばかりに頭を踏んづけて廊下の向こうへと駆けていきました。
「フェイトその猫捕まえて!…ってもう遅いか」
ネルと呼ばれた女性は、青い髪の少年の前に立って悔しそうな顔をしました。
まだよくわけがわかっていない、フェイトと呼ばれた少年は踏まれた頭を押さえながらネルに問いかけました。
「あの、ネルさん。さっきの猫はなんなんです?」
フェイトは猫が走っていった方向を見ながら言いました。
ネルは猫から一旦視線を外して答えます。
「あの子かい?この町に住み着いてる野良猫だよ。まぁいろいろ事情があって連れてきたんだけど、逃げ出してね。それで追いかけてるんだけど、なかなか捕まらなくてさ」
その答えに、フェイトは怪訝そうな顔で、
「事情って…」
そう訊きました。ネルは苦笑しながら答えます。
「まぁそんなに大したことじゃないから。気にしないでいいさ」
そう言って、また猫の駆けていった方向へと走っていきました。
「はぁ…」
フェイトはまだよくわかっていないような顔でつぶやきます。そして、あることに気づきました。
「…あぁっ!服に足跡が!」
フェイトが焦った声で言ったとおり、彼の白地の服にはさっきネコパンチを食らったときについたと思われる足跡がくっきりばっちり残っていました。
慌ててフェイトが服の汚れを手で落とそうとしますが、ちょっと擦ったくらいではとれません。
フェイトの額に、冷や汗がたらりと落ちました。
頭をよぎるのは、自分が絶対に逆らえない無敵の幼馴染の怒った顔。
自分が服を汚すと、母親のように怒っていた彼女のことです。やっぱりフェイトは怒られるでしょう。
「…ソフィアに怒られるじゃないか…。あの猫め絶対許さん」
フェイトは恨みがましそうにそうつぶやくと、猫と、猫を追いかけていったネルの後を追いました。





猫は、まだ逃げ続けていました。
次はたまたま扉の開いていた部屋に飛び込みます。
「きゃっ!」
部屋の中にいた、茶髪の少女が驚いて声をあげます。
が、少女は飛び込んできたのが小さな猫だったことに気付いて、次の瞬間、
「…わぁ〜、可愛いぃ〜vv」
とろけるような表情を浮かべて顔の横で手を組み、夢見る少女ポーズをとりました。
猫はそんな少女に驚いて、一瞬毛を逆立てます。
くるりと回れ右をして、部屋の外に出て行きました。
「あぁっ、待ってよ!」
少女は座っていた椅子から立ち上がり、その猫の後を追いかけました。
部屋を出たところで、勢いよく走ってきたネルに会いました。
「あ、ソフィア!今、猫がこの辺にこなかったかい?」
息を切らして言うネルに、ソフィアと呼ばれた少女はうっとりとした笑みのまま答えました。
「あ、はい!すっごく可愛い猫が来ましたよv」
ネルはソフィアのそんな様子に少し驚きながら、でも気を取り直して訊きました。
「その猫、どっち行った?」
「…あっちですけど」
ソフィアは廊下の向こうを指差しました。
「そう、ありがとう。…逃がさないよ…!」
ネルはそう言って、また走っていこうとしました。
が、ソフィアに後ろから声をかけられます。
「あっ、もしかしてあの猫、ネルさんの猫なんですか?」
「えっ?まぁそんなものかな。それじゃ!」
ソフィアの問いに簡潔に答えて、ネルはまた走っていきました。
「あぁっ待ってくださいー!私も触らせてくださいよ〜v」
ソフィアはうっとりとした顔のまま、ネルと猫を追いかけていきました。





猫は、まだまだ逃げ続けています。
次は、廊下の脇に備え付けてあるソファーに座っていた短い金髪の男性の前を横切ろうとしました。
「おっ?なんでこんなとこに猫がいるんだ?」
金髪の男性はそう言って、猫を捕まえようと手を伸ばします。
猫は驚いて、男性の指を思いっきり引っかきました。
「痛ってぇ!何しやがんだこの猫!」
男性は怒って猫の首根っこをむんずと引っつかみました。そのまま凄んで睨みつけます。
猫は負けじとにらみ返し、そしてその男性の顔にネコパンチをお見舞いしてやりました。
ついでとばかりに爪で男性の顔をめちゃくちゃに引っかいて、
「うわっ!」
怯んだ男性の手からするりと抜け出して、また逃げていきました。
「テメェ…ぶっつぶす!」
顔に赤線がびっしりと走っている男性は、怒って猫を追いかけました。
「あ、クリフ!こっちに猫が逃げてこなかった?」
クリフと呼ばれた男性の後ろから、ネルが声をかけました。
が、クリフは猫を追いかけるのに真剣で聞いていません。大人気ないです。
ネルはクリフの顔に走っている引っかき傷と、相当に怒っている様子のクリフを見て、少し考えます。
「…クリフの行ったほうに逃げてったんだろうね」
ネルはそうつぶやき、クリフを追いかけて走っていきました。





猫は、まだまだまだ逃げ続けています。
今度はわずかに扉が開いていた誰かの部屋にひょいっと忍び込みました。
後ろから追いかけてくる、何故か人数が増えている追っ手達をまくために、静かにそぉっと忍び込みました。
猫が忍び込んだ部屋にいたのは、細工クリエイションをしている青髪の女性でした。
真剣な面持ちで机に向かい、かちゃかちゃとピンセットやヤスリを使って何かをいじっています。
猫は彼女のやっていることに興味がなかったので、抜き足差し足猫足忍び足でそぉっとどこかに隠れようとしました。
その時。ばたーんという大きな音とともに扉が開け放たれました。
「ここかよクソ猫!」
「…きゃっ!?」
女性は驚いて振り向きます。そこには怒った顔のクリフがいました。
「ちょっ、レディの部屋にノックもなしに入らないでよ!」
「あ、あぁ、それは悪かった。それは置いといて、マリア、今この部屋に猫が来なかったか?」
「猫?」
そんなことまったく気付いていなかった、マリアと呼ばれた女性はきょろきょろと部屋を見回します。
ややあってすぐにその猫を見つけて…顔面蒼白になりました。
猫は、急に扉を開けて入ってきたクリフから逃げようと、マリアの机の上に移動していました。
猫に悪気は、きっとなかったのでしょう。
が、マリアがさっきまで根を詰めて作っていた細工物は、猫に乗っかられてところどころ傷がついていました。
見たところ、その細工物は一応は生き物に見える、でもなんともいえないバランスのモノでした。
異形のフィギュア以上恥ずかしい人形未満といったところでしょうか。
微妙に普通の細工物とはかけ離れていますが、壊れていなかったのがまだせめてもの救いです。
「あああぁぁ―――――――っ!」
マリアは驚きのあまりかなりの大声で叫びました。
微妙な物でも、彼女にとっては大切な作品だったようです。
後ろにいたクリフも、前にいた猫もその叫びに驚いて身をすくめます。
猫は、なにやらマリアから険悪な雰囲気を感じ取って、早々に駆け出しました。
身をすくませていたので一瞬反応が遅れたクリフの横をすり抜け、部屋の外へ出たところでネル達に見つかり猫はまた逃げていきます。
「あっ!おいこら待ちやがれ!」
「待ちなさいこの小動物!絶対に許さないわよ!」
クリフとマリアは部屋を出て、ネル達をまた追いかけました。





猫は、まだまだまだまだ逃げ続けていました。
とたたたた、と走っている先に、猫は見慣れた後姿を見つけました。
黒い服を着ている男性でした。
特徴的なのは、黒と金の髪の頭からぶら下がっているような、二本の後ろ髪。
猫は走ってきた勢いを殺さないまま大きくジャンプして、その男性の肩に飛び乗ります。
結構すごいジャンプ力です。
「!?」
急に肩に妙な重みを感じ、男性は驚きます。
飛び乗ってきたのが見慣れた猫だったことに気付いて、怪訝そうに猫を見ます。
「…お前、なんでこんなところにいんだよ」
男性は猫の首の後ろを摘んで自分の目の前に持っていくと、そうやって問いかけました。
が、通じているか通じていないのかは別として、猫が答えられるわけがありません。
と、そこに、猫にとっても男性にとっても聞き慣れた声が聞こえてきました。
「あ!見つけた!」
ネルの声でした。
猫はびくぅと身をすくませ、男性はなんのことだかわからずにはぁ?と呟きます。
「アルベル!その猫逃がすんじゃないよ!」
そうやってこっちに走ってくるネルの後ろには、





「この服の汚れどうしてくれるんだい?」
と言いながら鉄パイプを片手に持っている満面の(嘘くさい)笑顔のフェイトと、
「私にも触らせてください〜vv」
と言いながらとろけそうな顔で手を胸の前で組んでいるソフィアと、
「猫の分際で俺の顔を引っかくなんざ、十年早いんだよ!」
と言いながら拳をばきぼきごき、と威圧的に鳴らしているクリフと、
「私が一生懸命作った癒し猫に傷をつけるなんて、いい度胸じゃない!」
えっ癒し猫だったの?異形のフィギュアかと思った。
と、おもわず突っ込んでしまうようなことを言いながら銃を構えているマリアがいました。





四人とも、とっても怖そうな感じで立っていました。
ついでに言うと、その四人の前にいるネルは、もっと怖そうな顔をしていました。
事情知らない人が見たら、たぶん断罪者や代弁者の集団よりも怖く見えたことでしょう。



彼らの本性を知っているアルベルにとっては、あの最凶最悪の雑魚キメラ二体よりも怖く見えました。
アルベルの背中に、嫌な冷たい悪寒が走ります。





彼は本能的に感じ取りました。



…なんだかよくわかんねぇが…。
…とりあえず逃げろ!





アルベルはくるりと彼らから背を向けて、思いっきりダッシュしました。
猫はとりあえず右手で抱えています。
なので、猫を追いかけている(もっとも、アルベルはそうとは知りませんが)五人はアルベルの後を追いかけます。
「なんで逃げるんだい!待ちな!」
「誰が待つか阿呆!」
「逃げるならその猫を置いていきなよ、アルベルには絶対なんにもしないから(にこり)」
「鉄パイプ片手にさらりと言うんじゃねぇ!」
「二又尻尾…二マタシッポ……vv」
「そんなに二又が見たいならマクウェルのとこでも行け!」
「その猫ぶっつぶす!」
「相変わらず大人気ねぇなてめぇは!」
「待ちなさい!大人しくしないと撃つわよ!」
「大人しくしようがしまいが結局撃つんだろうが!待ってほしいんならまずその銃を仕舞いやがれ!」
とか、アルベルはいちいち律儀に突っ込みながら逃げていきます。
程なくして、アルベルはフェイトとネルにひっつかまり、猫も取り押さえられました。
まぁ、足の速さでこの二人に敵うわけないので、ひっつかまるのは当たり前といえば当たり前です。





「…まったく、手間取らせてくれたね」
ようやく猫を捕まえたネルが、疲れた様子で言いました。
ここは宿屋の一階にあるロビーです。みんなでとりあえずそこに集まっていました。
この大騒ぎの元凶である猫は、ソフィアに抱っこされてだれていました。
猫はさっきまで暴れていましたが、さすがに疲れたのか今は大人しくしていました。
かなり怯えてはいましたが。
酷い目に遭った(注・本人談)フェイトやマリアやクリフは、あまりにも嬉しそうなソフィアに毒気を抜かれて、お仕置きはまた今度ということにしたようです。
ソフィアに逆らえないフェイトはともかく、マリアやクリフの怒りまで鎮めるなんて、ソフィアは結構すごいかもしれません。
「なんでお前ら、こいつを追っかけてたんだ」
アルベルが何気なくそう訊くと、
「その猫が僕の服を思いっきり汚したんだよ!ソフィアに怒られるのはこの僕だってのに!」
「その猫を触りたかったからです!はわぁ〜可愛いぃぃ〜」
「その猫が俺の顔をメチャクチャに引っ掻きやがったんだよ!」
「その猫が私の細工を邪魔したからよ!」
と、四人からいっせいに返事が返ってきました。
最後にネルが、
「その猫を、今日こそお風呂に入れようと思ってね」
と答えました。
ネルの口からお風呂、という単語が出た途端、ソフィアの腕の中でだれていた猫がびくりと反応しました。
「あ、そうだったんですか。確かに、ノラ猫もたまにはキレイにしてあげないと、病気になっちゃいますもんね」
ソフィアが感心した様子で言いました。
「じゃ、私はこの猫を洗ってくるから。いいかい、ソフィア」
「あ、はい。お風呂上りのブラッシングは私にやらせてくださいね!」
「ああ、わかったよ。ほら、行くよアルベル」
ネルはソフィアから猫を受け取ると、アルベルの腕を引っ張りながら宿屋の外に向かいます。
「あ?なんで俺まで」
「この猫は猫の例に漏れず水が嫌いだからね。取り押さえる役が必要だろう?」
「俺じゃなくてもいいだろうが…というかお前どこで洗う気だ」
「宿屋の外。さすがに、衛生面とかのことがあるから宿屋のお風呂借りるのはまずいだろうし」
「…どうせならウォルターのジジィのとこのほうがいいんじゃねぇのか」
「…いいのかな」
「いいだろ」
「じゃ、お言葉に甘えようかな。行くよ」
「つーかやっぱり俺は手伝わされるのかよ」
「あんたが一番慣れてるじゃないか、この猫の取り扱いに。ほら、石鹸とかタオルとか取ってきてよ」
「パシリにすんじゃねぇ!」
と、いつ聞いても喧嘩腰な会話を交わしながら、二人は去って行きました。





「ねぇフェイト。さっきネルさん、アルベルさんが一番あの猫の取り扱いに慣れてるって言ってたけど、なんでネルさんそんなこと知ってるのかなぁ?」
「…え?さぁ。…そういえば、そもそもあの猫はなんでネルさんやアルベルに懐いてるんだ?」
「…さぁ…。そういえば、あの二人カルサアに寄るたびにどこかに消えるのよねぇ」
「あの猫を構ってたんじゃねぇのか?」
「でも、ノラ猫って言ってましたよね」
「じゃあ二人で世話してるとか」
「…本当に夫婦ねぇ」
「…的確な表現だな」
残された四人は、宿屋のロビーでまったりとしながら、そんな会話をしていました。





ウォルターの屋敷のお風呂場を借りて、さっそく二人は猫を洗っていました。
「ほら、ちゃんと押さえてて!」
ぬるま湯につけた猫を石鹸でわしゃわしゃと洗いながら、ネルがアルベルに言いました。
アルベルは一応猫を押さえながら、
「…石鹸の泡だらけの猫をどう押さえろって言うんだよ」
と答えます。
「そんなこと言ったって。暴れられたら困るだろう?」
「の、割には結構大人しくしてるじゃねぇか」
アルベルが言うとおり、猫はさっきの暴れようはどうしたのか、じっと大人しくしていました。
「…そうだね。さっきは石鹸を見せただけで毛を逆立てて逃げ出したのに…」
「…それで追いかけてたのか」
「あぁ、そうだよ」
ネルは猫を洗う手を止めずに、アルベルは猫を押さえる手を緩めずに、会話を続けます。
「さんざん走り回って疲れてんじゃねぇか」
「それもそうかもね。…私だって疲れたくらいだし」
ネルは苦笑しながら言いました。
「…ところで、さ。この子がこんなに大人しくしてるのって、やっぱりあんたに懐いてるからじゃないかい?」
「は?」
思いもよらないことを言われ、アルベルは目を丸くします。
ネルは猫の目や耳に泡が入らないよう注意して洗いながら、言葉を続けます。
「歪のアルベルも、猫には好かれるんだね」
「何勝手なこと言ってんだ」
「だって本当のことだろう?」
反論できずに、アルベルは押し黙りました。
確かに、アルベル自身が望んだわけではありませんが、この猫は確かに一番アルベルに懐いているようです。
「…そうか?」
黙ったままというのもなんだか癪だったので、アルベルは曖昧に答えておきました。
ネルはそろそろいいかな、と言いながら猫についた泡をぬるま湯で落とします。
「そうだよ。あんただってまんざらでもなさそうじゃないか」
ネルは泡を手早く落として、用意しておいたタオルで猫の体をわしゃわしゃと拭きました。
猫はすこし身じろぎしましたが、やっぱり疲れたのか大人しくしていました。
「どこをどう見たらそう見えるんだよ」
アルベルが何気なく返した返事に、ネルは大げさにため息をついてみせました。
「…自覚ないのかい?」
呆れたようにため息をついたネルに、アルベルが不思議そうに聞き返します。
「あ?」
やっぱり自覚していなさそうなアルベルに、ネルはもう一度、今度はさっきよりも深いため息をつきました。





…あんたは、気付いていないみたいだけど。
その猫を構ってる時のあんたの顔は、すごく穏やかで、優しげで。
私といる時は絶対にしないような、そんな顔してるんだよ。



…あんたはやっぱり気付いてないみたいだけど。





「…妬けるね」
「はぁ?」
考えていたことが思わず口に出てしまって、ネルは慌てて口を押さえました。
「…妬ける?」
しっかり聞こえていたらしいアルベルが、反復して聞き返します。
「ななななんでもないっ」
慌ててネルはそう言いますが、言ってしまってから口を押さえたところで、言ったことがなくなるわけではありません。
赤くなっているネルを見て、アルベルはくくく、と喉で笑いながら言いました。
「お前…」
「な、何」
「意外と嫉妬深かったんだな」
「何言ってるんだい!」
「本当のことじゃねぇか」
「〜…っ」
反論したいけど本当にその通りで反論できなかったので、ネルは顔を赤くしたまま視線を落として、照れ隠しに猫をわしゃわしゃと拭きなおします。
毛並みをぐしゃぐしゃにされて、猫がにゃぁ、と抗議の声を上げます。
そんなネルと猫を面白げに眺めながら、アルベルは口を開きました。





「…ま、猫が懐こうがお前が嫉妬しようが、俺の知ったことじゃねぇが―――」



「え?」





「俺は猫よりお前の方がいい」





ネルは一瞬目を見張り、そして照れながら、でもどこか嬉しそうな顔で、





「…馬鹿」





ぽつりと言いました。








そんな二人を、猫はぼんやりと眺めていました。
…ちょっぴり、ネルに嫉妬しながら。








そして十数分後。



「待って待って待ってー!!!」
宿屋の中、個室がある二階で、茶髪の少女がネコ用のブラシを持って走り回っていました。
何故彼女が走り回っているのかというと、一匹の猫を追いかけているからでした。
彼女が追いかけている猫は、二又しっぽの小さな猫です。
お風呂上りのようで、毛がすこし湿ってへにょりとなっています。
その猫は猫特有の素早さと敏捷さで、必死で彼女から逃げ回っていました。
人間のように表情があるとすれば、かなり焦ったような怯えたような感じで。



「あーあ…。あの猫も可愛そうに」
「何が?微笑ましい光景じゃない」
「ただ、猫好きなソフィアが猫を追いかけてるってだけだろ?」
「いや…ソフィア、猫が関わると人が変わるから…」
「は?」
「どういうこと?」
「んー、例えば、静電気バリバリになるくらいブラッシングしまくるとか、ハタから見てても苦しそうだなぁってわかるくらいぎゅうぅぅっと抱きしめたりとか、腹壊すぞってくらいに餌あげるとか」
「…」
「他には、ちょっとのかすり傷で包帯ぐるぐる巻きにしたり、どこにそんな体力あるんだってくらい追いかけ回したり、猫をいじめてるやつを見たらサンダーストラック唱えてたり」
「…なんで唱えられるんだよ、その当時あいつは紋章術使えねぇ一般人だったんだろ」
「あとはノラ猫見つけると必ず拾ってきたり、子猫の世話するために平気で学校休みまくったり、ペットショップに五時間くらい入り浸ったり…」
「…もうその辺でいいよ、十分わかった…」



その場にいた五人は、今も逃げ続けている猫を大層気の毒そうに眺めていました。





そして。
ソフィアの猫好き病を一番、よく、身をもって知っているフェイトは、今も必死でソフィアから逃げ続けている猫に向かって、心の底からこう言いました。



「…うまく逃げろよ」



…多分ムリでしょうけど。





いつもは静かなはずの、カルサアの町。
の、やっぱりいつもは静かなはずの、宿屋で。
秋の風物詩(?)の台風のような騒ぎが起こっていましたとさ。