※親世代話なのでオリジナル設定入ってます。
親世代話グラオさん編の経緯がわからない方は先に22.雪景色を読んでくださいマセ。





アーリグリフ城の見張り塔の頂上。
僅かに雪の積もったそこに、ネルはいた。
いつもいる見張りの兵士は、休憩時間だと言って今は席を外しているため、そこにいるのはネル一人だった。
いつものように雪は舞っているが、かなり遠い位置にあるはずの彼女の国の城が見えるくらいに、透き通るようないい天気だった。
後ろを振り向くと、山に積もった雪が日差しを反射して綺麗に輝いている。
ネルは見張り塔の端に立って、無言のまま景色を眺めていた。
少々冷たい風が吹いて、規則正しく凹凸を繰り返す見張り塔の淵に積もった粉雪を飛ばした。



いつか、アルベルが教えてくれたこの場所を、ネルはとても気に入っていた。
ここアーリグリフで、一番空に近い場所。
星空はもちろん、周りの景色もすごく綺麗に見えるこの場所に、ネルは自由行動時に毎回と言っていいほどよく足を運んでいた。
おかげで門番や見張り塔の頂上に続く螺旋階段の見張り番の兵士と顔なじみになってしまうくらいだった。



自分達がこの町に立ち寄ったのは、いつもお決まりのように物資の補給と、戦闘で少なからず蓄積されている疲労を回復するためだ。
今は買い物等も終わって、自由行動になっている。
ふと街を見やると、ロジャーとスフレが大きな大きな雪ダルマを作ろうとはしゃいでいた。
フェイトとソフィアとクリフ、そして巻き込まれるような形でマリアが雪合戦をしていた。
…微笑ましい光景だな、とか思いながらぼんやりと街を眺める。
すると、



「こんにちはー久しぶり!」



突然。
後ろから、聞き覚えのある声が弾んだ口調でそう声をかけてきた。



ネルは振り返る。
視界に入ってきたのは、見覚えのある半透明の彼。



前に会ったときは知らなかったけど、
もしかしてアルベルの父親かもしれない疑惑が持たれている、彼だった。





笑い声





「おや。久しぶりだね」
ネルはとりあえずそう挨拶する。
彼もこちらを向き、安心したように胸をなでおろした。
「…あーよかった。今日もちゃんと見えてるみたいだな」
「…え?」
言われた意味がよくわからず、ネルは首を傾げて短く聞き返す。
すると彼はネルの返答に困ったように苦笑し、口を開いた。
「今度会ったときは見えなくなってんじゃねぇかと思って冷や冷やしてたんだよ」
「そうなのかい?見えてるよ、ちゃんと」
「そっか。へへ、良かった嬉しい」
彼は本当に嬉しそうに笑って、そう言う。
「良かったね」
それにつられるように、ネルも微笑む。



「あのさ、もしかしてあんたって…」
「そうそう、お前ってさ…」
二人でほぼ同時にそう言って、一瞬驚いたように顔を見合わせる。
「あ、先言っていいよ」
「あぁ、悪ぃ」
ネルが譲って、彼が口を開く。
「お前ってさ、もしかしてネーベルの娘?」
「えっ…?」
自分の父の名前を出されて、ネルは当惑する。
彼はそんなネルにお構いなしに口を開く。
「なーなーなーなーお前の父親ってネーベルって名前じゃねぇ?」
畳み掛けるようにそう言われ、ネルは少し驚きながらも答えを口にする。
「…そうだけど」
その答えに彼はさらに驚き、目を見開く。
すぐに表情をぱあぁっと明るくさせて、嬉しそうに口を開いた。
「うわーやっぱり!でかくなったな見違えたぜ!」
ネルはそう言われて驚く。
自分は過去に、この人に会ったことがあっただろうか。
…もしも、もしも彼がアルベルの父親だとしたら。
一度だけ会ったことはある気がするが。
ネルがそんなことを考えていると、彼は規則的にでこぼこしている塀の上を軽い足取りでひょいひょいと歩き、ネルの前まで来てまたどかりと座った。
「お前、本当でかくなったよな。前会ったときはちびっ子だったってのに、美人さんになったもんだ」
どこか勝気そうに笑って言う彼に、ネルは先ほどから思っていた疑問を投げかける。
塀の上に座っている彼は、塀の下に立っているネルより少し高い位置にいる。
そんな彼を見上げる格好で、ネルは訊いた。
「えっと。私の質問のほうも言っていいかな」
「あ。ごめん忘れてた。どうぞどーぞ」
前。アルベルが、屋根の上で眠ってしまった自分を運んでくれたとき。
"親父が夢に出てきて、行けって言いやがった"と、アルベルは言っていた。
自分が本当に眠ってしまったときにそんな夢を見るなんて、いくらなんでもタイミンングが良すぎる。
なら。もしかしたら、夢の中に出てきたアルベルの父親、というのは…。
「あのさ、あんたってもしかして、アルベルの父親?」



「うん」
あっさりと頷かれ、ネルは目を軽く見開いた。
予想はしていたが、そうだと知るとやはり驚きがあった。
ということは。自分と彼が会ったのは、彼のリアクションからするとかなり昔の話だろう。
「…一応訊くけど、私とあんたが会ったことあるのって…いつのことだい?」
まぁ多分、自分が迷子になってしまった時のことなんだろうけど。
確認のつもりで、ネルがそう言うと。
「…えー嘘ー俺忘れ去られてたんじゃんーちょっとショックー」
彼は子供のような仕草で肩を落としていじけてしまう。
何気なく言ったネルはそんな反応を返されるとは思わず、少し慌てる。
「え、いや、そういうわけじゃなくて、一応確認しようと思って」
「…まーかなり昔の話だよな。俺死んでるから時間感覚ねぇけど、お前ちっちゃかったし憶えてなくても無理ないか」
「って、人の話聞いてるかい?」
ネルの発言を聞いていないのか聞こえていないのか、彼はそう言って自分で自然に立ち直り、気を取り直したように説明をし始めた。
「えーと、な。確か今から十五年くらい前?に、お前の父親のネーベルが、アーリグリフに来たことがあんだよ」
「父さんが?」
やっぱり聞いてなかったな、とネルは苦笑して、大人しく話を聞くことにする。
「そうそう。んで、その時お前も連れてきて、その時会ったんだけど…憶えてナイ?」
伺うように言われて、ネルは首を縦に振る。
「…憶えてるよ。あんた確か、こう…髪をひとつにまとめて、リボンでくるくる縛ってたよね」
「あーそうそう!そん時そん時!なーんだ憶えてんじゃん!」
彼はすごく嬉しそうに、表情を明るくさせる。
「やっぱりね…そうじゃないかと思ったんだ」
「だったら最初っからそう言えよー、俺一人で落ち込んでバカみたいだったじゃんかよー」
機嫌悪そうにそう言われ、ネルは苦笑する。
「まあ確かに私の言い方も悪かったかもしれないけどさ、あんた私の話聞いてなかっただろう」
「…そうだっけ?」
「そうだよ」
彼は少し気まずそうに後ろ頭を掻いて、
「でも、会ったのそれだけじゃないだろ?」
ぽつりと言う。
「…え?」
心当たりがなくて、ネルは軽く驚く。
確か、あれからアルベルにも彼にも会う機会はなかったように思う。
すぐに戦争が始まってしまって会えなかったはずだ。
「…憶えてない、みたいだな」
「…え…、うん」
「んーじゃ、それ今度会うときまでに思い出しとけよ?コレ宿題ね」
「えぇ?」
「だから宿題。忘れたらゲンコツだからな」
「…いや、全然思い出せないんだけど…」
記憶の糸を手繰ってみるが、まったく憶えがない。
そう素直に言うと、彼はんー、と何かを考えてこう言った。
「んじゃ、ヒント。場所はココではありません」
「…」
まだ難しそうな顔のネルに、彼は苦笑して肩をすくめる。
「じゃヒントその二。川」
…川?
今、何かを思い出せそうな気がした。
が、やはりその何かが何だったのかまでは思い出せなかった。
「じゃ、がんばって考えろよー」
彼は軽い口調で言う。
「…あぁ」
神妙な面持ちになりながらネルは頷く。
これは、思い出さなければいけない気がする。
忘れてはいけない、大切なことだったような気もする。
…それを忘れてしまった自分が、少し悔しい。
「絶対に、思い出しておくよ」
「うん。頑張れ」
彼はそんなネルを見て、満足そうに言う。



ふと、何かを思いついたようにして彼がゆっくりと立ち上がる。
背丈は結構高かったが、全体的にすらりとしていて細身の印象を受けた。
「じゃ、改めて自己紹介といきますか」
彼は笑って、手を体の前後に移動させてゆっくりと礼をして頭を下げ、正式な礼をとる。
思いもよらず優雅な所作だったので、ネルは少し驚く。
「俺はアルベルの父親兼、元疾風団長兼、現在幽霊のグラオ・ノックス。よろしくな」



「…ふふ。よろしく」
彼の言った、彼の肩書きが少し面白くて、ネルは小さく笑う。
「…それにしても、さすが疾風団長なだけはあるね。驚いたよ」
「何が?」
「あ、いや、礼のとり方見かけによらず優雅だったからさ。…今日は驚いてばかりだ」
思ったままにそう言うと、彼は軽く笑ってこう答える。
「まぁ、そんな日もあるって。退屈な毎日よりも驚きとかある毎日のほうがいいと思うぜ」
何故か遠い目で言われ、ネルは不思議そうに問いかける。
「…暇してるのかい?」
「そうそうそうなんだよ!まったくもー死んでからめちゃくちゃ暇で!ネーベルがいなかったら多分俺暇すぎて死んでたぜ!?」
って、父さんもいるのか。
ネルはそう思ったが、もう今更訊く気も起きなかった。
「って、あんたもう死んでるんじゃないのかい」
「それでも本当に暇で死にそうだったの。まわりにいるのなんて横ロールで金がどーだらうるせぇジジイとかジジイとかジジイとかばっかでよー」
…それは多分貴族メンを容赦なく倒しまくっていたフェイト達(自分も一応含む)の所為なのだろうが。
ネルは言わないでおいた。
「あーあー俺の知り合い早くくたばんねぇかなー。アルゼイとかウォルターとかエレナちゃんとか
アドレーさんとかー」
まるで留守番中で暇をもてあましている子供のように、足をぶらぶらと揺らしながら彼はいう。
動作は可愛らしい物があったが、言っていることは物騒だった。
「…縁起でもないこと言うんじゃないよ」
「いいじゃねぇか言うだけならタダだし」
ネルは彼の一連の動作を見ながら、深いため息をついた。
この人が、アルベルの実の父親。らしい。
言われて見れば顔立ちが似ている気がするし、紅い瞳はそっくりだ。
声の質も良く似ている。
確かに親子なのだろう。
…が、この性格の違いは一体なんなんだろうか。
ところどころ失礼な言動があるのは両者とも同じだが、彼がこれだけ明るいのに対して、なんであいつはあんなに暗くなったんだろう。
いや、アルベルは世間一般的に見れば暗い性格というほどでもないだろう。
だが、彼と比べると本当に暗く感じてしまう。
それほど、彼は明るくて親しみやすくて人懐っこかった。



「…そういえば、ヴォックスの奴は?あいつも確か戦死してるだろう?」
「あーあいつ?あいつはムカつくから嫌い。偉そうだよなー自分が一番みたいな態度でよー」
「…確かに、思い当たるフシはあったね。元はといえば戦争だってあいつが原因だって言うし」
「そうそう。で、俺もあいつが来た時はネーベルと陣営組んで追い払おうとしたんだよ。そしたら…えーと、なんだっけか、名前忘れたけどちっちゃな子供がヴォックス連れてってさ」
「は?」
「んー名前なんだっけな、確か野菜の名前に似てた気がするんだけど思い出せねぇや。で、その子供がヴォックス拉致ってくれたおかげでまた平穏無事な生活に戻れたってわけ」
「…ふぅん」
ネルはよくわからなかったので曖昧に返事をしておく。
だがそう遠くない未来に、某遺跡でヴォックスを拉致った子供と拉致られたヴォックスに会うことになるのだが、彼女が知るわけもない。
「で。お前の名前…」
「あ、そういえばまだ名乗ってなかったね。私は…」
「あ、ちょい待ち、名乗んなくていい!俺自分で思い出す」
名乗ろうとしたネルを遮り、彼はそう言ってぶつぶつと考え込む。
「んー確かネーベルに似てる名前だったよなーんで短くて呼びやすくて響きがいいから良い名前だよなってあのバカ息子と話した覚えあんだよなーでえーとなんだっけなんだっけあーここまで出てんのにこーいうのってキモチ悪ー」
「…思ってること全部口に出てるけど」
「ん。あー…気にすんな」
気にした様子もなく言い、彼はまたぶつぶつと考え込む。
「…あー思い出した!ネル!ネル・ゼルファーだ!」
唐突に彼は叫んだ。
「合ってる?」
「…あぁ」
「よっしゃ思い出せた。あーすっきりした!」
せいせいした、と言わんばかりの晴れやかな顔で彼は言った。
ネルはそんな彼を見ながら、思う。
全然アルベルに似てないし。なんだか話してると疲れるし。見た目の割に子供っぽい気がするけど。
…喜怒哀楽あって、楽しい人だ。
そして…何より、よく笑う人だな。
思って、ネルは我知らず微笑んだ。





「あ、ところでよー」
彼はその真っ赤な瞳を真っ直ぐにネルに向けながら言った。
「なんだい?」
「ネルってウチのバカ息子とどこまでいってんの?」
面白そうな表情で言われた台詞に、ネルはあやうく何もないところで転ぶところだった。
「…はぁ!?」
「あれ、違った?だって前一緒に寝てたし、それにネーベルのヤツがお前んとこの息子とうちの娘がイイ感じで嬉しいとか早く孫の顔が見たいとかって言ってた気がしたんだけど」
事も無げにそういう彼に、ネルは眩暈を覚える。
そりゃ自分とアルベルは世間一般的に言えばもしかしたら恋人と呼ばれるような関係かもしれないけど。
「なーなーなーなー教えろよー」
「…さぁね」
「あっその言い方すげー意味深」
彼は聞きたそうだったが、ネルに言う気がなさそうなのを見てそれ以上問いたださなかった。
「まぁいっか。…じゃあさ」
さっきまで明るく快活そうだった彼が、ふっと表情を変える。
ネルはぎくりとして、彼を見る。
どこか寂しげで、遠い物を見るようなそんな紅い瞳に、ネルは見覚えがあった。
「…。あのバカ息子、まだ俺のこと引きずってたり、しねぇよな?」
どこか言葉を選んだような素振りを見せる彼の声音も、少し寂しげだった。
ネルは口を開く。
「……。…割り切ってるようにも見えるけど…でも、たまに今のあんたみたいに、酷く寂しげな顔するんだ」
「…そっか」
つぶやくような返事だった。
「過去を引きずってるのかどうかは、わからないけど」
「そっか」
彼はふぅ、とため息をつく。
それはもう安心したのか、まだ心配しているからなのか、ネルにはわからなかった。
「じゃあさー…。今度あのバカ息子に会ったら、こうやって言っといてくんない?」
「なんて?」
彼は今までの寂しげな雰囲気を一変させて、また明るい調子で言った。
「"シケた面してんな、もっと笑え!笑えば大抵の事は良い方に向かうからとにかく笑え!てゆーかいつまでもウジウジしてんじゃねーよバーカ!"って」
「はぁっ?」
「だから伝えて。そのまんまじゃなくていいから。テキトーに意訳しても構わねぇから、さ」
そうやってにぃ、と笑う彼の表情は、さっきまで寂しげな顔をしていた名残の欠片もなかった。
ネルはくすりと笑い、そして答えた。
「わかったよ。伝えておく」
「さんきゅ」
彼は嬉しそうに微笑む。
…彼の笑みは、こちらまで楽しくなるような、そんな不思議な感じがするな。
あいつも、彼が今言ったように、もっとこうやって笑えばいいのに。
そんなことを思いながら、ネルもつられて微笑んだ。





「あのさ、ネル」
急に彼は真剣な顔になり、真っ直ぐにネルの目を見ながらつぶやいた。
よくもまぁこんなにころころと表情変えられるな、あいつとは大違いだ、と思いながらネルは答える。
「なんだい?改まって」
「うちのバカ息子。本当バカだし喧嘩っ早いし無鉄砲だし向こう見ずだけど、さ」
「…酷い言い様だね」
「だって本当のことじゃん?」
「…まぁ、否定はしないさ」
「だろ?」
けけけ、と笑って彼は微笑む。
ネルは苦笑した。
「で、だ。本当バカなやつだけど」
彼はそこで一旦言葉を切る。そして、すごく優しげな表情になって、
「…これからも、アルベルのことよろしくな」
と言ってぺこりと頭を下げた。
「…あぁ」
ネルは微笑んで、了承の言葉を口にした。
「よかった。ネルみたいなしっかりした人が一緒にいてくれんなら、あのバカ息子もなんとかやってけるだろ」
彼は頭を上げて、また微笑んだ。
ネルはまた苦笑して、口を開く。
「確かにあいつはバカだけど。でも、案外良いところもあったりするよ」
「へぇ?どんな」
ネルは少し考える。口元に指を当てながら考えていると、彼が苦笑した。
「…やっぱ親子だなー。その仕草とかそっくりだ」
「え?」
「あーなんでもねぇ」
「そう?で、良いところよりも悪いところのほうが多い気もするけど、さ。戦闘中はコンビネーション組みやすいし、考え方は筋が通ってるし、たまに、本当にたまーに優しいし」
何気なくそう言ったネルだが、彼は嫌そうな顔をして、ぼそりとつぶやいた。
「…なに?今俺ノロケられたわけ?」
「は!?ちが、そんなんじゃ」
ネルは途端に赤くなって否定する。彼は楽しそうに言う。
「あー照れない照れない。もう十分わかったよ、お前がアルベルの事好いてくれてるのは」
「違うって言ってるだろ!」
ムキになって反論するネルを尻目に、彼はどこか納得したような、かつ嬉しそうな表情でうんうんと頷いている。
ネルはさらに反論しようとしたが、言っても無駄かと思い直す。





「あ。やばっ」
唐突に彼がそう言い、ネルはなんのことか分からず不思議そうな顔をする。
「なんだい?」
「俺そろそろ帰るわ!じゃあな!元気でな!バカ息子よろしくな!そんじゃまた!」
テンポ良く早口でそう言われ、何が何だか良くわからないうちに彼はすぅ、と消えてしまった。
「…?」
ネルが首を傾げると、





「…おい」
後ろから。
今さっきまで、目の前にいた彼によく似た声が聞こえた。



ネルは少し驚いて振り返る。
そこにいたのは、不機嫌そうにこちらを見ている、黒と金色の髪を持つ人間。





「あんた、なんでここに?」
そう問うと、彼は当然そうにこう答える。
「お前がアーリグリフに来たときにいる場所なんか容易に想像つくんだよ」
「…そう…。あ、もしかして、探しに来てくれたのかい」
「まぁな。…さっきフェイトが言ってたんだが」
「…え?」
「伝言だ。"とある事情で食事当番を変更したんで、ネルさんは夕食ができるまでゆっくりしてていいですよ"…だとよ」
そう言ったアルベルの言葉は完全に棒読みで、台詞だけフェイトの物だったので合っていなくて少し面白かった。
「了解。わざわざ悪かったね」
「まったくだ。…ったく、一番近くにいたからってパシリに使いやがって」
「結局素直に伝えにきてくれたじゃないか」
「…うるせぇよ」
そう言って視線を逸らす仕草が誰かに似ていて。
ネルは僅かに苦笑した。





「あ。そういえばさ、私もあんたに伝言があったんだった」
思い出したようにネルが言って、アルベルは不思議そうに眉を顰めた。
「誰からだ?…この城の奴らか?」
「あ、えっと…とある人から」
父親の幽霊から、とか言っても信じないだろうから、適当に誤魔化す。
「で、なんて?」
「…"シケた面してんな、もっと笑え!笑えば大抵の事は良い方に向かうからとにかく笑え!てゆーかいつまでもウジウジしてんじゃねーよバーカ!"だってさ」
ネルはできるだけ彼の口調を真似て言ってみる。
一言一句違えずに憶えているのは、さすがと言ったところだろうか。
「…あぁ?」
アルベルはやはり驚いたようで、かなり怪訝そうな顔をする。
「…おい、マジで誰からだ」
「…そうだなぁ…うーん」
ネルは少し考えて。
にやりと笑って、こう言った。
「あんたによく似てて、ぜんぜん似てない人」



「………………………」
「…全然わからないって顔してるね」
「当たり前だ全然まったくわからん」
即答したアルベルに、くすくすと楽しそうに笑いながらネルが口を開く。
「あと、…あんたと違って、よく笑う人」
「……………」



アルベルは納得したようなそうでもないような複雑な顔をしている。
「まぁ、そう言うことだからさ。確かに伝えたよ」
「いや、意味不明なんだが」
「いいんだよ、それで」
「…」
アルベルはまだ不思議そうな顔をしていたが、これ以上言う気のなさそうなネルを見て、渋々閉口した。





「伝えたんだから、これからはもっと笑いなよ」
「は?」
相変わらずの仏頂面でアルベルがネルを見る。
「じゃなきゃ、私がちゃんと伝えなかったみたいじゃないか」
「…なんで、そんなわけのわからん伝言の内容に従わなきゃならねぇんだよ」
「じゃあ、伝言に従うんじゃなかったら笑ってくれるのかい?」
「どうだろうな」
「じゃあ、私からのお願いってことで笑ってよ」
「……」
先ほどからやけに沈黙する回数が多いアルベルは、呆れたように首を振る。
「阿呆かお前は」
「なんで」
少なからずむっとしながらネルが言う。
「んなことしてどうなるってんだ」
「だから、さっきの伝言の中にもあったけど、笑うと気分が少しは上向くじゃないか。あんたただでさえいつもいつも機嫌悪そうな顔してるし、たまには思いっきり笑ってみたらどうなんだい」
「めんどい」
「けち」
「うるせぇ」
「強情っぱり」
「黙れ」
まるで子供の口喧嘩のような会話を交わし、ネルは不満そうに半眼でアルベルを軽く睨んだ。
「たまには、鉄仮面なあんたの幸せそうな笑顔も見てみたいもんなんだけどね」
アルベルも、もっと彼のように笑えばいいのに。と。
"彼"と話していたときも思ったけど。





「…なら」
少しの間を置いて、アルベルが口を開く。
「え?」
「"幸せそうな笑顔"ができるようなことでもすればいいじゃねぇか?」
そう言った彼の表情は、小悪魔のような、こちらを挑発するような意地悪い笑顔。



違う。
見たいのは、そういう笑顔じゃなくて。





「………何が言いたいんだい」
「自分で考えるんだな」
「…」





ネルは一瞬考えて。
彼の胸倉を掴んで、強引に自分の方を向かせる。
少し背伸びをして、唇を重ねた。



「これでいいのかい」
少しばかりの恥ずかしさで顔を僅かに赤らめながら、唇を離したネルがつぶやく。
アルベルはくくくと小さく笑う。
「上出来だ」
言って、



"彼"ほどではないけど。
それでも、幸せそうに。





笑った。





「………!!」
思わず体が固まる。
同時に、さっきとは比べ物にならないほどに顔が熱を持ち始めた。
アルベルはそんなネルを見て、一瞬後に笑い出した。



「っくくくく…面白ぇなお前」
「うるさいよ!」
不覚にも真っ赤になった顔を背けながらネルが言い放つ。
そんなネルを見て、アルベルはまた笑い出す。





口を押さえて笑っているアルベルを見ながら。
多少の怒りと多少の恥ずかしさを感じながら、ネルはつぶやく。



「…やっぱり、笑ってたほうがいいよ、あんた」



寂しげな顔よりも。
ずっと。





「…あ?何か言ったか?」
笑っていて聞こえなかったらしく、アルベルが聞いてくる。
「なんにも」
即座に答えて、背を向ける。





ネル自身も、幸せそうに笑いながら。