※先にALNEL50の01.コレはヤバイ。を読んでいただくと話がわかりやすいかと。





丁寧に手入れされた白い花が咲き乱れる、庭園のような場所。
背の低い柵に囲まれたその場所は、死者が眠りに着く静かな地。
そこには大きなものから小さな物まで、大小様々な墓標が整然と立っていた。
中々の広さのその場所に等間隔に並べられた墓標。
その下に眠っているのは、歴史に名を残すような王族や、またはその側近だろう。



シランドの町の外れにあり、場所を知る者でなければ到底見つけられないようなその場所に、一人の人間が立っていた。
年は二十を過ぎたくらいで、黒と金色が交じり合ったぼさぼさの髪を後ろで二つにくくって束ねている。
黒い衣服と鉄の義手を纏っている人間。
死者の眠る静かな地に、おおよそ似つかわしくない男だった。



「…俺は何でここにいるんだ?」



当の本人は、自分でもよくわかっていないような台詞をぽつりとつぶやいている。



早い話が。
ぶっちゃけ、迷ったらしい。





おはかまいり





彼は考える。
どうしてこんなことになったのか。



そもそもの原因は仲間――であるはずの、青髪の少年と同じく青髪の少女にあった。





「あ、アルベル。ちょうどいいところに来てくれたね」
今日の朝。
寝起きでまだ眠たそうにしている彼に、その青髪二人組みの片割れは輝くような笑顔でそう言った。
起きて間もないはっきりとしない頭でも、そんな青髪の彼の笑顔は危険に値するとすぐに悟る。
が、ヘタに逃げようものなら後ろから撃たれるのもすぐに感じ取れたので、しぶしぶ彼は返事をした。
「…なんだ」
「たいしたことじゃないんだけどね」
そういう青い髪の彼女は、腰に釣った銃に手を伸ばしている。
大したことじゃないと言いながら逃げようもんなら即打つわよと言わんばかりの彼女を内心かなり警戒しながら、彼は言う。
「…だから一体何の用だ」
「あのさ、アルベルに実験だ…じゃなくて、試して欲しいことがあるんだけど」
今絶対に実験台って言おうとした。
彼は即座に感じ取るが、逃げ腰になるのをなんとか踏みとどまる。
「試す?」
「そう。アルベルに、このアイテムを試して欲しくってね」
そういった彼女が取り出したのは、うさぎの耳のようなものがついた聖杯。
どこかで見たことがあるな…と思って見ていた彼は、はっとなる。
…うさみみの聖杯?
「…それって、確か」
「そう。自爆するやつ」
青髪の彼は爽やかな笑顔でそう言ってのけた。
「……………」
寝起きの彼は一瞬考え、そしてくるりと体の向きを変えて次の瞬間猛烈な勢いで走り出した。
「あっ!待ちなさい!」
青髪の彼女が叫ぶ。が、待つくらいなら最初から逃げたりしない。
後ろから銃を乱射する音と、その被害に遭ったと思われる何かが砕ける音、壊れる音、崩れる音が聞こえてくる。
彼は無言のまま全速力で走り、偶然見つけた脇道に入ってなんとか二人をまいた。
ほっとしたのもつかの間で、彼ははっと気づいて回りを見回した。
そしてそこは、白い花の咲く静かな墓地。
自分が見たことも聞いたことも来たこともないその場所は、清楚で綺麗な場所だったことは確かだが。
どうやって自分がここに来たのかまでは、彼にはさっぱりわからなかった。



そして冒頭の台詞に至る。





「………」
彼はすっかり眠気が覚めた頭を回転させながら、事の経緯を思い出した。
が、自分がどちらから来たのかは思い出せなかった。
はっきり言って冗談抜きで必死に逃げていたので、周りを気にする余裕がなかったのだ。
周りを見回すと、新緑の木々が青々と茂っており、ちょっとした小さな森のような場所だった。
そんな中にぽつんと墓地がある。
そしてその中にぽつんと彼は立っていた。
ただでさえ方向感覚が鈍くてはっきり言わせてもらえば方向音痴な彼にとって、森の中なんてのは地獄だった。
墓地の回りはそれほど木々は生えていないが、太陽は見えにくくて方向が判りにくい上に木々が密集しているため景色はどちらを見ても同じようなものだ。
「………はぁ」
彼は深いふかぁいため息をついて、とりあえず墓地を出ようとする。
が、少し何かを考え、また墓地の中に戻った。
今もし正確な道を奇跡的に見つけられたとしても、待っているのはあの青髪の双子だ。
まだ自分は死にたくない。彼は無言のまま墓地に戻った。
少し経ってほとぼりが冷めるまで待機するか。朝食食べ損ねたのがムカつくが。
彼はそんな事を考えながら墓地に佇んでいた。
が、さすがに立ちっぱなしは疲れるので適当に座って墓標を眺めた。
墓地は所々に白い花が咲き、森の木々によく映えている。
上を見上げると、そこだけ切り取られたように青空が見えている。
空には様々な形の雲が浮かんでおり、風に流されてゆっくりと移動している。
時折風が吹いて、彼の髪や服、咲いている白い花を揺らした。
地面に落ちている花びらや葉っぱが風に踊らされてひらひらと舞い、また地面に落ちる。
彼はしばらくそんな景色を何かを考えるでもなく眺めていたが、さすがに退屈になってきた。
何か暇を潰せるものはないかと辺りを見回す。そこで、ひとつの墓標に彫ってある名前に気づいた。
真新しい墓標には、ディオン・ランダースと名前が彫ってあった。
…どこかで聞いたことのある名前だ。そう思って少し考える。
ああ。フェイト達が言ってた、施術兵器研究所にいたってヤツか。
確か、星の船の襲撃の犠牲者の一人だったな。と彼は思い出す。
自分が捕らえられていた間に出現したという、強大な力を持った星の船。
その犠牲者になったという不幸な青年の名前だった。
確か、前青髪の彼や赤い髪の彼女に星の船の説明をしてもらった時そう聞いた。
彼はその墓標を少しの間眺め、そして少し何かを考える。



…もしかして。あいつの墓もあるんだろうか。



少し前に出逢った紅の髪の青年―――仲間である赤毛の女性の父親である人物を思い出し、彼は少し歩いて墓地の端まで行って順々に墓標の名前を見ていった。
墓標に書かれている名前は、歴代の女王、そしてその側近と思われる大臣や家臣。
戦争で果敢にも戦い命を散らせた施術士または兵士。
そこそこの広さを持つ墓地には多くの墓標があったが、探している名前は見当たらなかった。
彼は最後の墓標を見た後、そこに書いてある名前も違うことを確認して少し落胆する。
少しは時間も経ったしそろそろ帰り道を探すか、と彼は墓地を出ようとした。
ちょうどその時、彼は墓地の奥に人が通ったような跡を見つけた。
そこは人一人がようやく通れるくらいの、細くて小さな道だった。
彼は何を考えるでもなくその道に入った。
周りは相変わらず木ばかりだ。緑と茶色だけが視界を埋め尽くしている。
が。彼が歩く先に、緑と茶色以外の色が見えた。
それは鮮やかな紅だった。
…なんで、こんな森の奥に紅いものがあるんだ?
彼はそう思い、少し足を速めてその色の元へと歩く。
しばらく歩いて、出た先には。





目の覚めるような紅い草原が広がっていた。
そこには紅い、同じ花が何千何万と咲き乱れていた。



紅い草原の真ん中には。
ひとつの墓標があった。





彼はむせ返るような花に驚きながら、その墓標に近づいた。
墓標までの道がなかったので、紅い花を遠慮なく踏みながら彼は歩き、墓標の前に立つ。



―――ネーベル・ゼルファー



墓標にはそう彫られていた。



探していた名前を見つけて、彼は満足げな顔をする。
そこで、ひとつの疑問が湧き上がってきた。
「なんでこれだけ、こんなところにあるんだ?」
彼がそう独り言をつぶやく。
しかも、複数あるのならわかるが、一つだけだ。
異端者であったとか、王族を抜けた元王族というのならまだわかる。
が、ここに眠っているはずの彼は前代のクリムゾンブレイドとして国に最も貢献していた人間の一人だろう。
墓標を眺めている彼はこの国の人間ではないから詳しくはわからないが、こんな墓地の外れにある墓標というのは普通に考えて奇妙だ。
…何故だ?彼は思う。



「それは、私がそう望んだからだよ」



返ってくるはずのない答えが返ってきた。
聞き覚えのある、澄んだ声が。



彼はゆっくりと顔を上げた。
そこにいたのは、少し前に会った紅の髪の青年だった。
前会ったときと同じように体は半透明で、僅かに体の向こうの景色が透けて見える。
前と違って足は在った。
肩よりも少し長い、咲き乱れている花と同じ色の紅色の髪を右肩の辺りで一つに束ねている彼は、動きやすそうなゆったりとした格好をして自分の名前が彫られた墓標に座っていた。
そして口を開く。
「いらっしゃい、アルベル・ノックス。私の墓にようこそ」





「…随分と罰当たりなことをするんだな」
彼は多少の皮肉を込めて、墓に腰掛けている紅い髪の青年に言う。
紅い髪の青年は苦笑しながら肩をすくめて、こう答える。
「いいさ。どうせここは形だけの墓なんだからね」
「形だけ?」
「ああ。貴方も知っているだろう?私は戦争中に行方知れずになっているから、死体なんてこの町にはありはしない。…まぁ、それでも彼らはわざわざ墓を作ってくれたようだけどね」
紅い髪の青年の言う、"彼ら"とは、多分共に旅している紅い髪の女性やその友人か誰かのことだろうな、と彼は思う。
「…お前、思ってたよりも案外くだけた性格してんな」
「私はそんなに堅苦しく見えたかい?」
ふわりと笑って紅い髪の青年は言う。
その笑顔も、堅苦しいとは程遠い柔らかな印象だった。
彼は首を横に振って答える。
「…あいつが堅苦しいのはお前譲りなのかと思っただけだ」
紅い髪の青年は、ああ、と頷く。
「…そうだな、ネルは真面目すぎるきらいがあるかもしれないな。何故か」
「まったくだ。お陰でこっちは結構苦労してんだぜ」
「それは貴方の性格の所為もあると思うけど」
「…悪かったな」
彼はふい、と視線を逸らして言う。
紅い髪の青年はそんな彼を見て軽く笑った。
その仕草がどことなく紅い髪の彼女に似ていて、彼は一瞬困惑する。
「…で。なんで、こんな辺鄙なところに墓を欲しかったんだ?」
彼は辺りを見回しながら言った。
紅い髪の青年は口元に指を当てて軽く首を傾げる。
そんな所作も紅い髪の彼女に似ていて、やっぱり親子だな、と彼は思う。
「…そうだな…具体的になんと言ったのかは憶えていないけど、私が生前に、もしも死ぬならこの草原の中に墓が欲しい、のようなことを言ったから、かな」
「だからその理由を訊いてるんだろうが阿呆」
「はいはい。まったく、貴方は見た目どおりでせっかちだな」
特に怒った様子もなく、紅い髪の青年が言葉を続ける。
「率直に言わせてもらうと、私は紅い色が好きなんだよ」
紅い髪の青年は、自分の髪と同じ色の花を見回しながら言った。
「そしてこの紅い花も好きだ」
「ほぅ…」
「まぁ、理由といえばそれくらいかな。どうせなら、好きな物に囲まれて永眠したいだろう?」
「…そうかもな」
彼は答え、そして思う。



どうしてか、目の前にいる紅い髪の青年とは話しやすい。
初対面ではないが、知り合いと呼べるほどの関係でもない。
なのにどうしてこんなに親しみやすいのだろう。
彼の性格もあると思うが、やっぱりどことなく紅い髪の彼女に似ているからだろうか。



「…やはりお前は、あいつに似てるな」
「それはそうだろうな。親子だし」
紅い髪の青年はそう言ってまた微笑む。
その顔もやはり、紅い髪の彼女にどことなく似ている。
「ところで。ネルはちゃんと貴方達の役に立ってるかな?」
「あー?」
「あの子はどこか甘い所があるからな。隠密に向いていない性格だ」
紅い髪の青年はそう言って、答えを待つように彼の瞳を見る。
「…役に立ってんじゃねぇか?少なくとも足手まといにはなってねぇし、魔物相手には甘いも何もなく戦うから、今のところは十分役に立ってるだろうよ」
彼はそう答えた。
「…そうか。それはよかったよ」
紅い髪の青年はほっとしたようにそう言って、そして今度は少し含んだような笑顔でこう言った。
「それと。これからもネルをよろしく頼むよ」
「…は?」
思いも寄らないことを言われ、彼は素っ頓狂な声を出す。
紅い髪の青年はそんな彼を気にせずに、笑顔のまま楽しそうに口を開く。
「結婚式には絶対に行くからな。楽しみにしてるよ」
…ごっ!
紅い髪の青年の台詞に、彼は目の前の墓標に思い切り頭をぶつけた。
平たく言うと脱力して頭が前のめりに傾いだからなのだが、十分に痛そうな音がする。
紅い髪の青年は少し嫌そうな顔をして彼を見た。
「なんだ失礼だな、人の墓に頭突きするなんて」
「…思い切り腰掛けてるお前が言えた義理か…」
「これは私の墓だからいいのさ」
ぶつけた頭に手をやりながら、彼は顔を上げる。
「…で、さっきのはなんのつもりだ」
「さっきの?」
きょとんとして聞き返す紅い髪の青年に、彼はげんなりとしながらため息をつく。
「ああ、結婚式の事か?いいじゃないか、確かに私は精神体だけど、見るくらいなら」
「そうじゃねぇよ…大体なんで俺があんな女と」
「…よく言うよ、添い寝してあげてたくせに」
「…なっ」
思わず絶句した彼に、紅い髪の青年はにやりと笑んで言った。
「で、"襲わないのは今日だけだ"とかなんとか言ってたくせに」
「…黙れ阿呆」
「その後ネルに、"今日はダメだからね"って言われて、ちょっと残念そうにしてたくせに」
「…覗き見とはいい趣味してんじゃねぇか」
紅い髪の青年はくすくすと曖昧に笑う。
「それは悪かったね」
「…本当に悪いなんてこれっぽっちも思ってねぇだろう」
「…ばれたかい?」
いたずらがばれた子供のように笑う紅い髪の青年に、彼は苦笑した。





「ところで。そろそろ戻ったほうがいいんじゃないか?」
紅い髪の青年は、何気なくそう言う。
が、彼は少し気まずそうな顔をして遠くを見た。
「…あー……」
「?」
紅い髪の青年は首を傾げる。
「…どうかしたか?」
「いや…。つぅか、」
彼は後ろ頭を掻きながら、少し嫌そうに口を開いた。
「帰り道ってどっちだ?」
紅い髪の青年は、座っていた墓標から思い切りずり落ちた。
が、なんとか踏みとどまってかろうじて体勢を立て直す。立て直しながら、呆れたような目で彼を見た。
「…まさか…。ここには、"迷い込んだ"のか?」
「………」
「…沈黙は肯定なり」
黙っている彼に、紅い髪の青年は苦笑しながら言った。
「うるせぇよ。で、街はどっちだ」
視線を逸らしたまま言う彼に、紅い髪の青年は微笑んで言った。
「…どうやら、私が教える必要はないようだ」
「は?」
紅い髪の青年の言った言葉の意味が汲めず、彼は聞き返す。





「…アルベル……?」





誰もいなかったはずの彼の背後から、声がした。





彼は少し驚いて振り向く。
そこには、真っ赤な花束を抱えた、紅い髪の女性が立っていた。





「…どうしてここにお前がいんだよ」
「それはこっちの台詞だよ。あんたこそ、なんでここにいるのさ。ここの場所を知ってるのは王族やその他のほんのごくわずかの人間だけなのに」
質問を返され、彼は返答に困って押し黙った。
迷い込んだとは言えるはずもない。
「…まさか、あの超絶な方向音痴っぷりを発揮してここに迷い込んだなんて言うんじゃないだろうね」
八割五分ほど当たっている事を言われ、彼はさらに押し黙った。
「図星かい?」
「…うるせぇよ。お前こそなんでここに来たんだ」
おおよその見当はついているが、彼は一応訊いた。
彼女は彼の背後の墓標を見ながら口を開く。彼もつられて後ろを見る。
そこには、もう紅い髪の青年はいなかった。
…道理で、この女が何も反応を示さなかったわけだ。彼は思う。
「私は…父さんの墓参りだよ。あんたの前にある墓標、それ、私の父さんの墓なんだ」
ああ、やっぱりな。そんなことだろうと思った。
心の中で彼は呟く。
「戦争が始まってから、忙しくてまったく来れなかったから。…たまには、来たほうがいいと思ってね」
まさか、先客がいるとは思っても見なかったけどね。
彼女はそう言って、紅い花束を抱えたまま彼と墓標に近づく。
やがて彼の隣に来て、墓標を見てしゃがみこむ。
軽く目を瞑って黙祷した後、花束を墓標の前に置いた。
「父さん。…戦争は終わったよ」
目を開けて、彼女は墓標に向かってつぶやく。
「それと…父さんがウォルター老に託した剣、私が譲り受けたから」
穏やかな口調で彼女は言葉を紡ぐ。
「…これからも、国のため、そして私のために頑張るつもりだから」
彼女は墓標に向けて、返事のない言葉をかける。
彼はそれを横から、声をかけることなく無言で見ていた。
「じゃあね。父さん」
彼女は立ち上がって、そう言った。
「…もういいのか」
隣からかけられた声に、彼女は首をゆっくりと振って答えた。
「いいんだよ。…あんまり長くいると、名残惜しくなっちまうからね」
彼女は少し淋しそうに言って、隣に立つ彼の肩にこつんと頭を乗せた。
彼は無言で、彼女の髪を撫でる。
しばらく、そのまま時間が流れた。





「そろそろ帰ろうか」
彼女は顔を上げ、気丈な声でそう言った。
「…あー…、フェイトとマリアが、その辺にいなかったか?」
少しうんざりしたような口調で言う彼に、彼女は苦笑して答える。
「ああなるほど。あの子達から逃げてたんだね?」
で、ここに間違って迷いこんだ、と。
面白そうに言う彼女に、彼はバツの悪そうな顔で答える。
「…そうだよ。で?」
「…まったく、あんたは相変わらずせっかちだね。あの子達はもう諦めて宿屋のほうに戻っていったよ。今度は本当に起きた直後を狙ってみよう、とか言ってたな」
「冗談じゃねぇ…」
彼女は笑って、
「…ま、せいぜい死なない程度に頑張るんだね。さ、帰るよ」
くるりと踵を返し、墓標に背を向けて歩き出した。
彼はそんな彼女の背中を見た後、墓標を振り返る。
彼女がいる時は姿を消していた、そこに座っている紅い髪の青年を見た。
「隠れるのが速いな」
「…まぁ、多分ネルには見えないし聞こえないだろうけどね。実際、前も見えてなかったみたいだし」
紅い髪の青年は、ふぅ、と息をついて言う。
「は?…でも確か、あの女には見えたんじゃないのか?」
こちらに背を向けて歩いてゆく紅い髪の女性に聞こえないように、小声で彼は言う。
紅い髪の青年はああ、とつぶやき、
「…あの青い髪の少女のことかい?確かに彼女には見えてたみたいだな。これは霊感とか生まれつきのものが関係してるみたいだから。しかもきゃーとか叫ばれてさらに幽霊扱いされて傷ついたよ」
言葉の割に全然傷ついた様子のない紅い髪の青年に、彼は怪訝そうに言う。
「…似たようなもんだろうが」
「酷いな。精神体と言ってくれよ」
「どう違うんだか」
彼は苦笑して言う。





「…貴方とは、生きている時に会っておきたかったよ」
紅い髪の青年は、唐突にそう言った。
「敵国同士ではあったけれど、多分…いい友人になれたと思う」
彼は一瞬目を見開き、そして答える。
「…そうかもな」





「また会おうな。さよなら、アルベル・ノックス」
紅い髪の青年は微笑みながら言った。
「ああ。いつかまた、な」
彼は同じく僅かに微笑んで答えた。
そして墓標に背を向けて、大分距離の離れてしまった彼女の後を追った。





が、後ろから声をかけられる。
「あ、ちょっと訂正」
「は?」
「いい"友人"じゃなくて、"親子"だったな」
「…黙れ阿呆が!」








「…一人で一体何を怒鳴ってるんだい?」
「…気にすんな」
「気になるに決まってるじゃないか」
「…説明したって信じねぇよ」
「はぁ?」





そんな会話を交わしながら立ち去っていく二人の背中を見ながら、紅い髪の青年は思う。





…任務の途中で死んで、自分の剣を敵である人間に託して。
自分の娘はそれを受け取るに値する人間に成長してくれた。
自分の任務を、まだ成人もしていない段階で受け継がせてしまって、いろいろ苦労もかけてしまった。
だが、それが結果的に彼女にとっていい方向に向かってくれていたようで安心する。
まぁ、過去を悔やんでも仕方がない。
それに、もしも彼女がクリムゾンブレイドになっていなかったら、"歪のアルベル"に出会うこともなかったのだろうし。



歪のアルベル。
…あいつも、なかなかに面白い男だったな。
まぁ、ちょっと口は悪いし、方向音痴だし、服の趣味は悪そうだったけど、人間見た目じゃないし。
とりあえず、あいつと一緒ならきっとネルも不幸にはならないだろう。
現に今の彼女は十分に楽しそうだ。それに、とても幸せそうなのだから、それでいいということにしよう。
うん。そうしよう。





「…孫は女の子がいいな」



で、ネル譲りの紅い髪と、彼譲りの紅い目だともっといいなぁ。



紅い花が咲き乱れる草原の真ん中で、紅い髪の青年はそう呟いた。