「…女の子が恋人にしてもらって嬉しい事って、何だと思う?」 普段はにこにこ爽やか 「…は?」 問われたマリアは思い切り怪訝そうな顔をした。 キミの為にできるコト。 「どうしたのよ、急に」 彼が唐突なのはいつもの事なので、マリアはすっかり慣れきった反応を返した。 恋人、という単語が出てきたということは、多分またソフィアがらみのことだろう、と目測をつけて問いかける。 「いいからいいから、君の客観的な意見が聞きたいんだ」 答えを促してくるフェイトに、マリアは不思議そうな顔をしながらも言われたとおり質問の返答を考える。 「…そうねぇ…やっぱり、何か欲しい物をプレゼントしてもらう事とか、じゃないかしら? 私の意見は一般的かどうかわからないけど…」 普段クォークを纏めるものとして奔走している彼女は、申し訳無さそうにそう答える。 フェイトはふむ、と口元に指を当てた。 「そっか〜やっぱりプレゼント、ってのはいい考えだよね。うん。ありがとう」 そう言って早々に立ち去ろうとするフェイトに、マリアが興味深げに問いかけた。 「待ちなさいよ。どうしてそんな事訊いたのか、私には尋ねる権利があると思うんだけど?」 フェイトはう、と小さく声を漏らす。 「まぁ、さっき恋人云々言ってたし、ソフィア絡みだってことは解るけど」 「ん〜…ちょっとね。まぁ予想はつくだろうけど詮索無用ってことで」 いつになくもごもごとした口調でばつの悪そうにそう答えたフェイトに、マリアは目を丸くする。 「? 珍しいわね」 いつもなら目的を明らかにさせてから相談持ちかけるのに。とマリアは首を傾げる。 フェイトは苦笑して続ける。 「今回ばかりは、ちょっと。感づかせたくないんだよね、誰にも」 この返答で勘弁して、とフェイトが軽く手を合わせて。 マリアは肩をすくめた。 「別に詰問したかったわけじゃないわ。私には理由を詮索して尋ねる権利はあるでしょうけど、それを知る権利はないもの」 「そう言ってくれると助かるよ。僕らが何かしようとしてる、ってことはバレてもいいんだけど、何の為かってことがバレるのはどうしても避けたいからさ。じゃ、またね」 そういい残してフェイトがその場を立ち去った。 フェイトの背中を見送るマリアは、ふと気づいてぽつりと呟いた。 「…"僕ら"?」 複数形だったのは気のせいかしら、と首を傾ぐマリアの呟きに答えるものは当然いない。 同時刻、別の場所にて。 「…お前、もし男に何かしてもらうとしたら何が良い?」 普段自分から会話を持ちかけないアルベルの低い声が自分に向けて発せられたものとスフレが気づくのに、およそ五秒の時間を要した。 ぱちくりと目を瞬かせるスフレは、信じられないものを見たような顔で口を開く。 「え! 何、急にどうしたのアルベルちゃん?」 目に見えて反応したスフレに、アルベルはそっぽ向き気味に答える。 「…別に……答えたくないのなら答える必要はない」 「あっえっ違う違う、急に言われて驚いただけだよ。アルベルちゃんがあたしに質問するなんてはじめてだし〜…で、ところで質問ってなんだっけ?」 驚いた拍子にぽっくり忘れてしまったようで、逆に問い返されてアルベルはかくんと頭をたれた。 「もしもお前が男に何かしてもらうとしたら何が良いかと言ったんだ」 「あーごめんごめん、そうだったよね。…んとね〜、あたしだったらそうだなぁ、大変なときとか辛いとき、暖かい言葉で励ましてもらいたいかなぁ」 その返答が意外だったのか、アルベルはほぅ、と呟く。 スフレはあれこれ考えながらさらに続ける。 「だってほら、あたしロセッティ一座の看板娘じゃん? ステージの上に立ってる時失敗しないかとかいろいろ不安なときもあるんだ。それに踊りの練習や特訓で辛いときとかも、励ましてもらったり勇気付けてもらったらすっごく嬉しいから。…あれでもこれってオトコノコにして欲しいこと限定ってわけじゃないかなぁ…友達とか、家族とか、大切な人にして欲しいことかな?」 「…なるほどな。貴重な意見感謝する」 そう素直に礼を言ったアルベルに、スフレはぎょ、と目を見開く。 「あ、あ、あ、アルベルちゃんがお礼言った…」 「なんだよ」 ぎろりと睨まれ、スフレは慌てて言い直す。 「あ、ううん、なんでもないなんでもないよ!」 「………」 アルベルはスフレを一瞥して、ふん、と鼻を鳴らしてからその場を離れた。 ―――このごろ。 「なんかフェイトの様子が変なんですよね〜」 心の中で思っていただけ、なはずの台詞に似たような事が隣のソフィアの口から出てきたものだから、ネルは思わず動きを止めた。 一瞬の事だったので誰も気づかなかった事に安堵して、ネルは口を開く。 「…フェイト?」 「そうなんです、なんだかこの頃フェイトの行動が妙なんですよ。やけにこそこそしたり、部屋に行っても居ない事が多かったり…」 なんなんでしょうね、と憮然とした面持ちのソフィアに、ネルは心持ち驚いた表情で口を開く。 「偶然だね…この頃アルベルもよくいなくなるんだ」 「アルベルさんも?」 ソフィアが大きな目をさらに大きくしてつぶやいた。 「あぁ。何か隠し事してるみたいだし…なんなんだろうね」 「ほんと、なんなんでしょうね? 二人して…」 何も知らない彼女組は揃って首を傾げた。 「で。どうだった?」 開口一番そう尋ねたフェイトに、問われたアルベルは肩をすくめた。 「…辛い時に励ましの言葉、だそうで」 「へ〜…スフレもやっぱり女の子だね、そういう答えが返ってくるとは意外だったよ」 「あと…マユはおとぎばなしの王子様みたく、ピンチの時護って欲しい、だとよ。リジェールは美味いメシを毎日作ってくれればそれでいい、と」 「…あー、実にあの二人らしい意見だね」 感心したようにつぶやくフェイトに、アルベルは変わらぬ表情のまま先を促す。 「お前は」 「あ、僕? あーなんかミラージュさんは、仕事とかすべき事を溜め込まず自分の事は自分でやってくれればそれでいいって言われた、すっげぇ静かな笑顔で」 「………」 その様子がリアルに想像できて、アルベルは思わず顔を引きつらせた。 きっといつも仕事を溜め込んでいるであろう、金髪の彼女の相棒の顔が浮かぶ。 「んでマリアはねー、欲しいものプレゼントしてくれたら嬉しいなって言ってた」 「なるほどな」 今回はさほど大した反応も見せず、アルベルが呟く。 「物、か…むずかしいよね」 「難しいのか? お前の場合、猫関連の物を買い与えれば丸く収まりそうだが」 「買い与えるってなに、動物じゃないんだから。…でーもさ、確かにそうと言えばそうだけど、ソフィアが既に持ってるものと同じだったらダメだろ? かぶっちゃったら困るし」 「かぶらんだろう、そんなもの」 「でもソフィアって全宇宙の猫グッズすべてコレクションしてそうだから」 「………」 有り得る。あいつなら有り得る。 そう心の中で思ってしまい、アルベルは無言になった。 フェイトも自分で言っていて怖くなってきたのか、話題をひょいと変えた。 「…ま、まぁ猫グッズはダメってことで。他のもので喜ぶって言ったら甘いものなんだけど…」 「なんか問題あんのか」 「ソフィア今ダイエット中って言ってたから。甘いものおごっても絶対喜ばない、むしろ怒る」 「………」 ダイエット中の女性に、甘いものをわざとちらつかせるのは死刑に値する。 それはどうやら全宇宙共通見解のようで、アルベルはどこか遠い目をしながら訳知り顔で小さく二度頷いた。 「そっちはどうよ? ネルさんに何かあげれそうな物のあて、あるの?」 言われてアルベルはしばらく口元に指を当てて考えた。 「…武器」 「それナシ、絶対ナシ。さすがにそんな物騒なモンあげるわけにいかんでしょ」 速攻却下され、アルベルはまた考え込んだ。 「…なら妥協して戦闘用アクセサリ」 「や、頼むから戦闘から頭を離して」 妥協したと言う割にそう趣向の変わっていない答えを大真面目な顔で呟くアルベルに、フェイトが素早く(だが心なしか疲れた顔で)突っ込んだ。 「何でだ」 憮然とした顔で聞き返したアルベルに、フェイトははぁ、とため息をついてから、 「何でだ、じゃない! せっかくなんだからもーちょっと恋人に渡すにふさわしいものをさ」 「…そこまで気にするようなもんか?」 「何言ってんだよ、いつも世話かけてるんだしちょっとは感謝の気持ち表そうって思わないの? 思うよね、思うんだったらもうちょっと穏やかなものにしようよ、ね?」 有無を言わせぬ口調でフェイトが言い放った。 この二人が何を始めたのか、一言で表すと。 「もうすぐなんだよ、"恋人の日"。女の子はイベントとか記念日とか好きだし、便乗しない手はないでしょう!」 というわけだった。 言い出したのはもちろんフェイトで、アルベルは巻き込まれた形での参加(?)と相成ったわけだけど。 渋々ながらも巻き込まれてくれたのはアルベルがお人好しというわけではなく、彼自身、普段恋人に迷惑やら面倒やら世話やらかけているという自覚があったからかもしれない。 「話戻すね。隠密だから戦闘に関係するものが必要とされるってのはわかるけど。もうちょっと贈り物らしいもの贈ろうよこーいう時くらいさ」 「…あいつに渡そうと思えるものから戦闘を差し引いたら何も残らないんだが」 「あー…。じゃ、もうプレゼントって案却下しよ。うん。そうしよ。僕も思いつかないし」 はい次、とさっさか話を進めるフェイトの顔がどこか疲れたような表情だった事は気のせいではないだろう。 「…やっぱりフェイト、この頃変です……」 「うん。やっぱり何か企んでるみたいだね」 ソフィアとネルは、また不思議そうな顔でそんな会話をしていた。 「こないだ、マリアさんやスフレちゃんにも訊いたんです、このごろあの二人の様子が変じゃないかって」 「あぁ、私もミラージュに訊いたよ。そっちは何て?」 その問いに、ソフィアがむぅ、と頬を膨らませた。 「マリアさんもスフレちゃんもやっぱり何も知らない、って…。でも、珍しい質問された、とは言われました」 「へぇ、こっちも同じような事言われたよ。不思議な質問をされましたので丁重に返答させていただきました、って」 「…フェイト、何聞いたのかな、みんなに…。質問の内容までは聞いてないんですよね」 「私もだよ。…本当、何企んでるんだか」 やっぱり何も知らない彼女組は揃って不思議そうな顔をした。 作戦決行日、四日前。 本日の予定、作戦会議。 「プレゼントは却下ってことで。次の意見の方で考えてみようか」 「…辛い時の励ましの言葉、って方か」 「うん、なかなか良い意見だと思わない?」 同意を求められ、アルベルはどこか苦い顔をして首を横に振った。 「え、ダメ?なんで」 「…いや、そういう言葉って何気なく言われるから嬉しいんだろうが。わざわざ用意された台詞なんぞ聞かされたところで喜ぶヤツはいないんじゃないか?」 「………」 フェイトはしばらくアルベルの顔を凝視していた。アルベルが気づいて眉根を寄せる。 「何だ」 「…お前ってたまにかっこいいよな」 「は?」 何だ急に気色悪い、とアルベルは身を引いた。 それに構う様子もなく、フェイトは口を開く。 「じゃ、次の意見について。マユちゃんの、なんだっけ、おとぎばなしの王子様みたいに護って欲しい?」 「…個人的に、一番嫌な案なんだが」 憮然とした顔のままアルベルが言って、フェイトが苦笑して肩をすくめた。 「まさか本当におとぎばなしを再現しようなんて言ってないだろ? アルベルが、"大丈夫ですかお姫様!(キラリン)"とかって颯爽と登場、なんてどう頑張っても想像できないし。やったとしてネルさんが"まぁ! なんてステキな殿方!(キュン)"とか反応してくれるわけもないし」 「…怖気が走る…」 「だからさ、戦闘の時にさりげなく庇うとか、手助けするとか、危ない時におとぎばなしみたくカッコつけなくてもいいから護る、くらいでいいんじゃないかな」 「…それならいつもやっているが…」 ぼそっとつぶやいたアルベルの声がどうやら聞こえてしまったようで。 フェイトは一瞬固まって、意外そうにアルベルの顔を見て、苦笑する。 「…ま、確かに僕もいつも…っていうか無意識にやってるけど。それでも気ィ抜くといつの間にかソフィアが怪我してたりするんだよね。…じゃあ、戦闘の時怪我させない程度に今まで以上に護る、ってことでどうよ」 「………」 反論が聞こえてこなかったということは、同意とみなしてよい。 以前ネルからアルベルと会話するときのコツのようなものを聞いていたので、フェイトはそう考えてにっこり笑った。 「…じゃ、愛する恋人のためにお互い頑張ろうね、アルベル?」 作戦決行日、三日前。 本日の予定、予行演習。 戦闘時、フェイトはソフィアをさりげなく護りながら、アルベルはネルを何気なく庇いながら戦闘を続けた。 その結果。 「…泣かれた。"護ってもらうのは嬉しいけどフェイトが私の代わりに怪我するなんてヤだ!"って」 「…怒られた。"庇ってもらっても嬉しくない、あんたが怪我するくらいだったら自分の事は自分で護る"だと」 お互いしゅんとなりながら虚しい結果報告となった。 護るもしくは庇う際負ってしまった怪我(たいしたことはないのだがソフィアは泣くほど気にしていた)を情けなくさすりながら、フェイトは呟いた。 「…女心は難しい…」 「何を今更」 フェイトの方を見もせずにアルベルがぶすくれた表情のままそう言い捨てた。 「…この案は残念だけど却下だね…僕らには怪我も負わずにお姫様を護る王子様にはなれないや」 「…そもそも紙の上に綴られた人物を真似る事自体阿呆みてぇじゃねぇか…」 正論のように思えるが、実際のところただの愚痴だ。 フェイトは乾いた笑いを漏らし、気持ちを切り替えるように勢いづけて口を開いた。 「ま、終わった事は忘れて。じゃあ次の案いってみようか、急がなきゃ記念日に間に合わないよ」 「…毎日美味しいメシを作る? …どう考えても俺らよりあいつらの方が料理スキル高いだろうに…」 何気に同じ料理スキルだが、決して高いとは言えない二人は顔を見合わせた。 「…確かに…美味しいご飯食べるんなら自分で作ったほうが早いよね、彼女らの場合…」 「食事当番も毎回あいつらだしな。今更俺らがメシ作ったところで…」 「ん〜でもさ、食事当番代わることでちょっとでも喜ばれないかな?」 フェイトが言って、アルベルが顔を上げる。 「ほら、よく考えたら料理スキルが高いからって、いっつもソフィアやミラージュさん、ネルさんに料理当番任せてるじゃんか? 今思えば結構な負担だと思うんだ、それ」 「…確かに、な。俺らは買い物くらいしか手伝ってねぇし」 「だろ? だから、たまには感謝の気持ちも込めて食事当番代わろうよ」 よしそうと決まったら早速明日の予定変更して料理の練習しなきゃ、と張り切っているフェイトを見ながら。 「…どうでもいいが…一日かそこら練習したところで"美味しい料理"とやらが俺らに作れるのか?」 そうぽつりとつぶやいたアルベルの台詞は、残念ながら今回はフェイトに届かなかった。 作戦決行日、二日前。 本日の予定、予行演習パート2。 「今日はアイテムの残りが心もとなくなってきたので、一日クリエイションに当てる事にしよう」 朝食前。いきなりそう言い出したリーダーに、個性豊かなパーティメンバー達は僅かに首を傾げた。 いつもならアイテムの不足を補うのはクリエイションではなく買い物だったような? そんな皆の無言の疑問を察したかのように、フェイトは口を開く。 「この頃クリエイションに時間をかけることが少なかったから、ギルドのランキングが皆落ちてるだろ?そしたら報奨金も少なくなるしね」 もっともらしいことを言われ、まぁそういうことなら、と皆納得したようで朝食を食べ始めた。 が。 「ねぇフェイト。何か隠してない?」 朝食を食べ終わる直前、ソフィアにそう尋ねられ。 「ん? 何で?」 そうフェイトはにっこりと笑うが、まずい、これじゃ否定になってないじゃないかと内心焦る。 ソフィアはそんなフェイトの心境もいざ知らず、どことなく不機嫌そうな顔でさらに問い続ける。 「だってこの頃フェイトの様子変だよ。部屋行っても居ない事が多いし、今みたいに急に予定変えちゃうし。…今日は本当ならレベルアップの予定でしょ? それに、この頃ずーっとアルベルさんと、何かひそひそ相談してたりするし」 「んー、まぁたまにはみんなに息抜きしてもらおうと思ってさ」 「それなら息抜きの為に今日はお休み、って言うでしょ?」 鋭い指摘に内心苦笑しながら、フェイトはスープの最後の一口を啜る。 できることなら、知られたくない。 どうせなら、どうせやるなら驚かせたかったから。 だがしかし睨まれたままに黙秘を続ける自信はフェイトになかった。 だって相手が他ならぬソフィアだったから。 「…ギルドのランキングで、半分より下に落ちたのが悔しくてね」 ぼそり、と言った言い訳は、確かに嘘ではなかったのだけども。 「…ふぅん」 どうやらソフィアはその答えで一応納得してくれたようだった。 まだ疑いの目を向けられているのは分かっていたから、フェイトはすっと立ち上がり早々にここから立ち去る事にした。 「…んじゃ、そういうことで僕は一刻も早くランキングを上げるべく、クリエイションに奔走することにするよ」 そう言ってにこりと笑ってみせると、ソフィアはまだ不機嫌そうな顔のままぽつりと呟いた。 「…アルベルさんとずっと一緒にいることについては何も言わないんだね」 一瞬フェイトの動きが止まった。 「…あー、アルベルもさ、同じ二又尻尾な髪型のマクウェルさんに負けて悔しいんだってさ」 適当に理由をつけて、じゃっ!と言い残しダッシュで逃げていったフェイトの後姿を見送って。 今日は一日ずーっとクリエイション、と急に決まった予定に首を傾げながら、ネルは隣で黙々と朝食を食べているアルベルに目をやった。 「ねぇ、この頃あんたフェイトと一緒になって何をこそこそと企んでるのさ」 「あ?」 アルベルの手が止まって、紅い二つの目がネルを見た。 「別に何も」 「私にも、ソフィアにも言えない事なのかい」 「………」 無言になったアルベルは止まっていた手をまた動かして、残り僅かだった朝食を食べるのを再開した。 どうやら食べ終わるまでは答える気はなさそうだ、とネルは肩をすくめた。 しばらく経って、さほど残っていなかった朝食は綺麗にアルベルの胃に収まった。 かちゃり、とフォークを置いた瞬間を見計らって、ネルが再度口を開く。 「さっきの質問。答えなよ」 「、…あー…」 ばつの悪そうに声を詰まらせるアルベルを、ネルが睨むように見ている。 「…言いたくないんだったら、いいけどさ」 少し寂しげにそう言われ、アルベルがぐっと詰まった。 できることなら、知られたくない。 どうせなら、どうせやるなら驚かせたかったから。 だがしかし睨まれたままに黙秘を続ける自信はアルベルになかった。 だって相手が他ならぬネルだったから。 膠着状態がそのまま続くと思いきや、 「あ、ネルさん! アルベル借りて行きますんでヨロシク!」 急にどこからともなくフェイトが現れ、がばりとアルベルの首ねっこをひっつかんでそのまま文字通り借りるように連れて行ってしまった。 連れて行かれる瞬間、アルベルの喉からぐぇえ、と哀れな声が聞こえた気がしたが、当のフェイトはお構いなしにすたこらさっさと行ってしまった。 「………」 ネルはその後姿を少々呆気にとられながら見送って。 「「…本当、何企んでるんだか、二人とも」」 ソフィアとネルは同じようなタイミングで同じような事を考え、はぁ、とため息を漏らした。 「よし! 気合入れて美味しいモノ作る練習するぞー!」 ファクトリーの厨房にてエプロンと三角巾をきちんと着用して、フェイトがお玉片手に楽しそうに言った。 なんやかんや理由をつけて、二人だけここで料理クリエイションすることになった。フェイトの口の巧さの賜物だろうか。 「…だからって何で俺までエプロン…」 「文句言わない! もしそのままやったらまたソフィアやネルさんに、"不衛生!"って怒られるだろ」 「………はぁ」 小さくため息が聞こえたが綺麗に無視して、フェイトは今ある材料を漁り始めた。 「えーと、卵はあるね、あと野菜もOK。ゴマ油ないけどサラダ油はあるから〜…」 「おい、結局何作るんだ」 「ソフィアに教えてもらった、"フェイトでも作れるお手軽簡単ランチ"。地球で暮らしてた時、父さんも母さんも居なくてさらにソフィアが友達と遊びに行くとかでどーしてもご飯作れない時に教えてもらった」 「…その中身は」 「ご飯、オムレツ、ウィンナーと野菜の炒め物、ポテトサラダ、新鮮野菜のつけ合わせ、ポタージュスープ」 「そんだけか? 少なくないか」 確かに、食べ盛り育ち盛り(?)な人間が多いこのメンバーでは、それだけでは足りない人もいるだろう。 細っこい割に良く食べるアルベルもその一人だ。 「…ん〜、じゃあもう一品何かつけようか。んじゃグラタンでどう? あとアルベルデザート作るの得意だよね、それでもう一品足せないかな」 「んじゃ、フルーツパフェで。…ダイエット云々? のこともあっから糖分控えめにする必要があるがな…」 「ん、じゃあ決定! 二人で協力して頑張ろーね。まずグラタン作ろう。手間かかるもの先に片さないと」 言うが早いが材料を揃えるべく道具袋をがさごそやりだしたフェイトを見て。 「…さて。どうなることやら」 他人事のように呟きながら、アルベルは調理器具を探し始めた。 「…わ、アルベル片手で卵割れるんだ、すごっ」 「左手は火傷の所為で握力かなり落ちてんだ、加減が難しいからこっちのが早い」 「ふーん、僕も今度挑戦してみようかな。片手が塞がってる時とか便利そう」 「目玉焼き作るときはやんなよ、失敗したら悲惨だ。さらに殻入ったら最悪だ」 「…識者の意見だね。うん、肝に銘じる」 「あのさアルベル。僕はキャベツを千切りにして欲しいって言ったよね、さっき」 「…あぁ」 「ならこのどう小さく見積もっても横幅1センチはあるキャベツは何? これじゃ千切りならぬ百切りだよ」 「………」 「…キャベツは付け合せじゃなく炒め物に使おうか、しょうがないから。…もちろんアルベルが作るんだよ」 「はいはい…」 「なーアルベル。ウィンナーって普通、茶色だよね」 「? 動物の腸に肉詰めた食い物だろ? 茶色で合ってると思うが」 「じゃあさ、僕が目をちょこっと離した隙にフライパンの上に乗っかってた絵の具の原色のように真っ黒な物体ってなんだと思う?」 「………。素直に失敗して丸焦げにしたと認めろ阿呆」 「はーい…」 「そういえばさ、調味料のさしすせそって全部言える〜?」 「は?」 「前ソフィアに訊かれたんだ。これをいくつ答えられたかで料理の腕がわかるとか云々」 「…さ、は砂糖だろ」 「うんうん正解。じゃ、次は」 「…シナモン、すりおろしりんご、セージ、そ…そ、蘇生薬?」 「…………………。はい、アルベル料理レベル初心者決定」 「は?」 「(…僕、一応"酢"までは言えたぞ…。ていうかエリクールじゃ一般的じゃないのかな、調味料のさしすせそ…)」 |