見た瞬間思わず握りつぶした書類は、記憶を辿る限りおそらく初めてだっただろう。 「なっ…何してらっしゃるんですか!」 片手だけでぐしゃぐしゃり、と丸め込むように握りつぶされた書類を見て、傍にいた彼女が眉を吊り上げる。 彼は彼女の咎めもさほど構わずまたさらに書類を手の中で握りつぶして。 その表情は不機嫌を顔に貼り付けたかのように歪んでいた。 「これが書類であるとわかってらっしゃるんですか?」 不機嫌全開な表情の彼に怯むことなく彼女は彼を睨みつける。 彼は答えずに、ちらりと彼女を見て。 「わかっているが」 「ではそのような扱いをなさらないで下さい」 ようやく彼の手の中から書類を救出した彼女がまたじろりと彼を睨む。 彼はち、と舌打ちして視線を逸らした。 彼女はため息をつきながら、ぐしゃぐしゃに丸められた紙くずを丁寧に広げて、皺だらけのそれに書かれた内容に目を通す。 「………」 「………」 彼女が目を通している間も、彼は不機嫌そうに表情を歪めたままで。 目を通し終えた彼女が、小さくため息をついた。 「…シランドギルドからの、派遣要請の依頼書じゃないですか、これ」 「…」 「依頼は施術師系Sランクメンバー一人派遣希望…ですか。と言っても、このギルドにSランクの施術師は紋章術師登録のソフィア様を除くと私しかいませんから、ほぼ名指しに近いですね」 「…」 「目的は、最近になって新しく発見された水中庭園の調査護衛…魔物掃討も兼ねている故Sランクメンバーが足りなくなったのでしょうね」 「…」 むすっとなって視線を逸らしたままの彼に彼女が苦笑する。 「くしゃくしゃに丸めて良い物では、ありませんよ?」 「…知るか」 「…まったく」 苦笑し続ける彼女が、目を通し終えた書類にまた視線を落として。 また視線を上げて彼を見て、むすっとしたままの彼に困ったように微笑んで、口を開く。 「私がいない間の一週間、きちんと仕事なさってくださいね」 そう言い置いてから数日後。 彼女はこのギルドに来てから初めての出張任務へと出かけていった。 メイド・イン・ノックスハウス 〜There's no place like home.〜 彼女が旅立った翌日の朝。 ごんごんごん。 お屋敷のノッカーが、時間帯を意識してか控えめに鳴らされた。 このお屋敷のノッカーはちょっとした細工がしてあって、屋敷のどこにいても聞こえるような仕組みになっている。発案者は彼女で細工をしたのがマリアなので、その効果はきちんといつでも発揮されていた。 …はずなのだが、爆睡している彼が気づくはずも無く。 ごんごん。ごんごん。 次は小刻みに二回ずつ、合わせて四回鳴らされる。 だが、やはり彼は気づきもせずにベッドの上ですやすやと眠っている。 ごんごんごんごんごんごんごんごんごごごごご。 今度は容赦なくノッカーが連打される。 が、やはり彼は目覚める気配すらなく穏やかな寝息をたてていた。 ノッカーを鳴らした誰かさんは、ドアの前でため息をついて。 おもむろに、持っていた荷物から何かを取り出した。 数秒後。 「こらいい加減起きろアルベルー!!!」 まるでマイクの音量を最大にしたかのような大音声が、彼の寝ているベッドの枕元に響いた。 「!?」 さすがの彼もがばりと飛び起きて、大音声の発信源であるサイドテーブル付近を見る。 そこには立てかけられている彼愛用の刀と、今は点けられていない小さなランプと、そして、 「…通信機?」 寝ぼけ半分につぶやいて、彼がサイドテーブルに置かれた通信機を手に取る。 今確かにこれから大声が聞こえたよな、と彼が不思議そうな顔をした瞬間、 「早く起きて玄関開けろーこの低血圧!」 またもや不意打ちで聞き慣れた誰かさんの声が大音量が響いて、彼は思わず表情を歪めて通信機を持った手を伸ばして遠ざける。 とりあえずいつの間にかついていた通信機の電源を落とし、通信機から開けろと文句をつけられた玄関へと渋々向かう。 寝ぼけ眼のまま階段を下りて、彼が不機嫌全開な表情のまま玄関のドアを勢い良く開けると。 「やーっと起きた。何度ノッカー鳴らしたと思ってんだよこの寝ぼすけ」 こちらも不機嫌極まりない表情のフェイトが立っていた。右手には通信機を持って。 「…何の用だよ、こんな朝っぱらから」 寝起きの所為でいつも以上にガラの悪い目つきになっている彼が、低い声で一応そう尋ねる。 フェイトは肩を竦めて見せてから、腕組みしつつ口を開く。 「お前を起こしに来てやったんだよ、感謝しろよな」 「…いらん世話だ阿呆」 「別に僕だってアルベルの為にやってるわけじゃないよ、ネルさんに頼まれただけ」 「…ネル?」 今にも扉を閉めそうな雰囲気だった彼がぴくりと反応して。 フェイトは苦笑しながらまた口を開く。 「頼まれたんだよ、ネルさんに。アルベルが朝自力で起きるなんて絶対不可能だから起こしてやってほしい、ってね」 「んなこといつ頼まれたんだよ」 「ネルさんが出張任務に行く前日。準備とかそれまでに仕上げなきゃならない書類とかあって忙しかったはずなのにわざわざ僕とソフィア両方に連絡してさ、本当に良くできた女性だよね」 「………」 彼は無言になって、小さくため息をついて。 そしてふと気づいて顔を上げる。 「で、通信機がいつの間にか電源入れられて、しかも音量が最大になってたってのはどういう事だ?」 「あぁ、ネルさんに頼んでちょーっとばかり設定いじってもらったんだよね。毎朝八時頃に自動電源ON、特定の発信元からの通信は音量最大、ってね」 「…あいつがか?」 言外に機械音痴のあいつがんなことできるのか、と尋ねられて、フェイトがまた苦笑する。 「もちろん操作は僕が教えたよ。ああついでにパスワードつきでロックもかけてもらったから、お前から設定変更は無理だからね。ついでに通信機を寝室から離れた位置に移動したり布でくるんで防音したりしたら扉ブチ破って起こしに行くから」 「…」 無言のままに睨んでくる彼をフェイトは軽く睨み返して、不機嫌そうに続ける。 「僕だって朝っぱらからむさくるしい男の家に襲撃やモーニングコールなんてしたかないよ。でもソフィアは今日朝摘みのハーブ採りに行ってるから一緒には来れないし、いつもお世話になってるネルさんの頼みを無碍にできるはずなんてないだろ?」 「………」 「お前がまともに起きてくれればネルさんがわざわざ気を遣ったり、僕がこんなことしなくても済むんだけど?」 7センチ下からのそのフェイトの視線は、いつになく、いやいつも以上に棘があって。 「…善処する事を考えておく」 一応、深読みすれば承諾ととれる内容の返答が返った。 言い方や口調はこれ以上ないほどぶっきらぼうだったけれど。 「何だよその微妙で回りくどい反応」 それでも、以前に比べればかなり素直になった彼の返答にフェイトが笑った。 次の日。 「昨日の今日でまた寝坊かよ善処するっつってただろこの野郎!」 やはりフェイトは大声で彼を起こす羽目になった。 通信機に向かって叫んでいるフェイトの隣で、今日は一緒に来たソフィアが苦笑する。 「ネルさん、毎朝苦労してるんだね…」 「まったくだよな。よくあんな自堕落人間の世話なんて続けられるなって尊敬するよ」 「愛だよねー」 「愛だよなー」 顔を見合わせながら言い合うと、ちょうど良いタイミングでぎぃ、とドアが開く。 不機嫌極まりない表情の彼が顔を出して、フェイトとソフィアが笑顔で声をかける。 「おはよーアルベル。今日も襲撃しにきたよ」 「おはようございますアルベルさん」 にっこりサワヤカ笑顔で挨拶した二人とは見事に対照的に、どんよりとした寝起き顔で彼がため息をついた。 「あっなんだよそのため息」 「そうですよー、人の顔見てため息つくなんて失礼ですよ」 「…朝っぱらから襲撃かけられたらため息つきたくもなるだろ」 「だからそれはお前が起きない所為だろ?」 にこにこ笑顔でそう返されて、彼がまたため息をつく。 「あ、そうそう。ここ来る途中にテイクアウトのクラブハウスサンド買ってきたから。僕らもここで朝ごはん食べてっていいだろ?」 「アルベルさん、もちろん朝ごはんまだですよね? すっごく美味しいんですよこのカフェのクラブハウスサンドv 皆で食べましょう♪」 「…」 はい、とフェイトに手渡された紙袋を見て、彼は無言のままに受け取る。 出来立てが入っているのだろう、まだ暖かいその紙袋を受け取った彼は、ふんと鼻を鳴らして二人に背を向ける。 「入れ。…茶くらいは淹れてやる」 ぶっきらぼうにそう告げた彼に、フェイトとソフィアが意外そうに顔を見合わせた。 「…うわ、アルベルがそんなこと言ってくれるなんて」 「…ね、びっくりだよね…」 あからさまに驚きを顔に口に出している二人に、彼がまた不機嫌そうな顔をして。 「あーごめんごめん、入るって」 今にも扉を閉めそうな雰囲気の彼を見て、慌てて二人が玄関の中に入る。 彼はそれを見てまた鼻を鳴らして、ダイニングへと向かった。 三日目。 やはり朝早くに彼の屋敷に襲撃に来た二人が、玄関の前で一応ノッカーを鳴らす。 ごんごんごん、と計十回程鳴らしてから、フェイトがやっぱり無理かー、と通信機を取り出そうとしたとき。 「あれ、今中で物音しなかった?」 ソフィアがぽつりと呟いて、手を止めたフェイトが気配を探るように屋敷の中へと注意を向けた瞬間。 ぎぎぃ、とドアが開いて、外にいた二人は声は出さなかったものの猛烈に驚いた。 「…なんだよ」 目を見開いている二人を見て、扉を開けた彼が不審そうな目を向ける。 「え、だってお前が自力で起きるなんて予想すらしてなかったし」 「そうですよ、驚くに決まってるじゃないですか!」 驚いた自分達は決しておかしい反応は返していないと主張せんばかりにそう言われ、彼がまた不機嫌そうに顔を歪める。 そんな彼に、フェイトは笑いながら手に持った白い紙袋を見せた。 「はい、これ朝ご飯の差し入れ。アルベルはフレンチトーストセットとワッフルセット、どっちがいい?」 「…ワッフル」 「お、予想的中。んじゃ僕らはフレンチトーストだね、ソフィア」 「うん、私もうおなかすいちゃったー、早く食べよっ。それじゃアルベルさん、お邪魔しまーす」 ソフィアが言って、彼が無言で二人を招きいれる。そんな彼の態度にはすっかり慣れている二人が玄関をくぐった。 「それにしてもさ、アルベル、ちゃんと自力で起きれるんじゃん。ならもう僕らが朝起こしに来る必要ないかな? 明日から襲撃かけるのやめてみるか」 ダイニングへと向かう途中、廊下を歩きながらフェイトが何気なく隣のソフィアに問いかけた。 「でも、起きてくれてもちゃんと朝ごはん食べてくれるかって問題があるんじゃないかな?それがあるからこうやって差し入れ持ってきてるわけだし、やっぱりきちんと襲撃するに越した事はないと思うけど」 「あーそっか、朝ごはんがあったもんなー。それに明日は午前から書類裁きのバイト入ってたから、今の時間帯に来たって別に不都合ないか」 「…いつも朝からの時は十時頃来てたじゃねぇか、お前ら。二時間近く早ぇだろうが」 「だって今はネルさんから、アルベルさんをちゃんと起こして朝ごはん食べるのを見届けるっていう任務が与えられてますもん!」 にこにこと答えるソフィアの返答に、彼が僅かに苦笑して。 「…あいつも本当に心配性だな」 苦笑しながらのその台詞が、やけに優しく響いたように聞こえて。 "あいつ"というのが誰を指しているか、なんて訊かずとも理解できたフェイトとソフィアが思わず一瞬無言になる。 「…なんだよ」 二人分の視線を向けられて、彼が居心地悪そうに振り返る。 その表情はいつも通りの、無表情に近いむすっとした仏頂面の彼に戻っていて。 「…無意識?」 「…無意識なんじゃない?」 「は?」 「あー、いや、なんでもない」 そう答えておいてから、訝りながらもまた背を向ける彼に見えない位置で、二人は声を出さずに笑った。 四日目、つまり彼女の出張のちょうど中日。 昨日言ったとおり午前から書類処理のバイトが入っている二人はまた差し入れを持ってお屋敷にやってきた。 三人で朝食を採り、二人は書類裁きをすべく彼の後ろについて執務室へと階段を上がる。 「ネルさんがいないからってサボってないだろーな、アルベル」 「ねー。でも仮にアルベルさんがサボってなくてもさ、ネルさんがいない分アルベルさんの仕事が増えるんだから、多少書類が溜まっててもしょうがないんじゃない?」 「ま、そうだな。よし、ネルさんのいない分を埋めるべく頑張ろっか」 「そうだね、書類の山の処理頑張ろう!」 そんな会話を交わしながら階段を上る二人に、彼は振り向かないままにぼそりと呟く。 「…俺が書類溜めてる前提かよ」 「あれ、違った?」 フェイトがからかうように尋ね返す。 彼は少しだけ間を置いてから、答える。 「それなりには片してる」 「ふーん?」 半分ほど信じていないフェイトがそう聞き返すが、もう彼は答えずに執務室の扉を開けた。 彼に続いて部屋に入った二人の目に入ったものは、 「…あれ?」 「…嘘、本当に片付いてる」 思ったよりもかなり少なめの書類の束。 けして少ないわけではないが、今までの彼の勤務態度やら彼女がいない事によって実質二倍になっているはずの書類の量にしては、少ないと言える量だった。 「…お前ら何気に、いや堂々と失礼な事言いやがるよな」 執務机の椅子に腰掛けながら彼がじろりと二人を睨む。 「いやだって、普段のお前見てると、ネルさんいなかったらサボり放題書類溜め放題なんじゃないかって」 「そうですよ普通にそう思いますよー」 執務机に聳え立つ書類の山を予想していた二人がそう言い返すと。 彼は不機嫌そうな顔で昨日見たまま出しっぱなしだったであろう資料にぱらぱらと目を通しながら、ぼやくように呟く。 「小言言ってくる奴もいねぇのにサボっても意味ねぇよ」 「………」 「それに書類やってた方が気ィ紛れるしな。本音言うと鍛錬で時間潰したいとこなんだが」 「………」 「そういや、前お前がやってたファイトシミュレータとか言う奴、あれこの屋敷にも設置できねぇのか?」 無言になっている二人に気づかず、彼は顔を上げる。 軽く固まって顔を見合わせる二人を見て、訝しげな表情ひとつ。 「何だよ、お前ら妙なところで驚きすぎだ」 俺が朝まともに起きられないとか書類もロクに処理できないとか本気で思ってたのか、云々。 彼が口にしている文句とは微妙に見当違いの方向の内容で驚いていた二人が、ふっと我に返って。 「…なぁアルベル」 「あ?」 「寂しいの?」 「はぁ?」 唐突なフェイトの質問に、彼は眉を顰めて顔を上げる。 そんな彼に今度はソフィアが口を開く。 「だって、ネルさんがいなきゃサボっても意味ないってぼやいてましたし、仕事嫌いのアルベルさんが書類やってた方が気が紛れるだなんて、まるでネルさんがいない寂しさを紛らわす為に処理に打ち込んでるみたいですよ」 「………」 彼は仏頂面のまま無言になって。 寂しいかと訊かれたら答えられない。 でも、この心の中にぽっかりと穴が開いたような感覚は。 いつも隣にいる誰かがいなくてつまらないと思うこの感情は。 無理やり定義に当てはめて、名前をつけるなら、きっと。 「…寂しい、のかもしれないな」 ぽつりと言った彼に、もういちいち驚く事も面倒になったのか二人の反応は苦笑するだけに留まった。 「…お前も本当に素直になったよな」 「は?」 「今日、ちょうどネルさんの出張の折り返し地点ですし、あと半分、頑張りましょうね!」 にこりと笑ったソフィアの台詞に、彼は鼻を鳴らして。 「じゃ書類処理始めよっか。僕らは何したらいい?」 「…なら、処理済のヤツの確認」 「はーい、了解でーす」 ソフィアの良い子の返事と共に、忙しい書類処理が始まった。 五日目、今日はずっと続いていた曇り空も晴れて久々の真夏日になるとの予報があった日。 「あー暑かった…。朝からこんな気温かよ…」 「本当、歩いてきたら大変な事になってたね…。家から喫茶店までと喫茶店からここまで、面倒とはいえ魔法で移動してきて良かったぁ」 朝いつも通りに襲撃してきた二人は、空調の入っている屋敷に入って一息つきながらそんな会話を交わす。 この屋敷の主である彼は、飲み物を淹れにキッチンの方へ行っていた。 「確か明日も真夏日だとかって予報だったよな、勘弁してくれよもー」 「そうだね、明日も午前からバイト入ってたしね…」 ソフィアはそこまで言って、ふと思いつく。 「…そういえば、午前から入るバイトがネルさんの出張期間の後半に連続して入ってるよね? これって偶然なのかなぁ?」 ん、と小さく唸って、フェイトも口元に指を当てながら考える。 「…確かに、偶然にしちゃ珍しいよな…。バイトのシフト決めてるのって、ネルさんだったっけ?」 「うん、かなりこっちの都合に合わせてくれて助かってるけど…ってことは」 二人は顔を見合わせて。 「…もしかして、アルベルが書類溜め込んでも僕らが発破かけてあげられるように、ネルさんわざわざこのシフトにした?」 「…書類の事だけじゃなくて、アルベルさんがまともに生活できるようにってこともあるんじゃない?午前からって事は朝ごはんだけじゃなくてお昼ご飯と夕ご飯両方見届けられるし…」 ソフィアが言って、フェイトが小さく、あり得るよね、と同意する。 「…でも、朝ごはんは僕達が買ってきてるから良いとして、お昼ご飯とか普通に僕らの分もあったよな? あれはネルさんが作り置きしてってくれたとか言ってたけど、いい加減五日目なんてそれもなくなるだろうし」 「そっか、私がいれば何か作ってあげられるもんね。午前からのシフトなら、なおさらだし」 「…僕はソフィアの手料理を僕以外の男が食べるなんて嫌なんだけどね」 「もー、そんなの今更じゃない」 言って、ソフィアは彼のいるキッチンを見やって。 「ネルさんって、本当にアルベルさんのこと大切なんだねぇ」 「だな。…アルベルのヤツ幸せ者だよ」 くす、と微笑ましげに笑い合って。 だが唐突に、ソフィアがはっとなって目を見開く。 「…でも、ご飯はいいとして、それ以外の面では、アルベルさん、ちゃんと生活してるのかな?」 「…それもそうだよな。夜ちゃんと寝てるかとか、そういうのまでは確認できないわけだし…」 少し心配になってきた二人のところへ、タイミング良く彼が戻ってきた。 「紅茶とコーヒーでいいな? まぁ駄目っつっても淹れ直さねぇけど」 そう言って両手に一つずつ、合わせて二つのカップを持ってきた彼がリビングのテーブルにそれらを置く。 「あ、アルベル。あのさ…」 ご飯以外の面でもちゃんと生活しているかと尋ねようと口を開いたフェイトの台詞は、 「あ? 何か話があるなら後にしろ、今忙しい」 ぶっきらぼうな彼の声に遮られる。 「?」 朝早くから書類を裁くわけでもあるまいし何が忙しいのかとフェイト(とソフィア)が首を傾ぐと。 「ようやく晴れたんだ」 「え?」 「洗濯してくる」 普通にそう返して、彼はぽかんとなっている二人の視線に気づかずリビングを出て行った。 「…うわぁ、僕らの心配は杞憂に終わったみたいだね」 「…アルベルさんがお洗濯って…。に、似合わないけど安心したよね…」 静かにこみあげてくる笑いをかみ殺しながら、二人はしばらくして聞こえてくる洗濯機の回る音に笑った。 その後、せっせと布団を干しに行ったりする彼の姿や、取り込むときに投げやりに、だがきちんと布団を叩いて埃をはたくべしーんべしーんという音に、また二人は密かに爆笑する事になる。 |