「うーん、正直言って、かなり変」 少し疲れたような表情でネルはつぶやいた。 「…はっきり言うなお前」 「嘘言ってどうするんだい?…だいたいねぇ」 アルベルに向かって、人差し指を突きつけてネルは言う。 「私の知ってるあんたは。口が悪くて単純で、いっつもめんどくさそうな仏頂面で常に文句ばっかり言ってるような男なんだよ」 「…別にいいじゃねぇか」 拗ねたような顔のまま、アルベルがそう呟いた。 ネルはそんな様子のアルベルを見ながら、少し苛々した口調で言う。 「よくない!私は前のあんたのほうが―――」 いいんだよ。そう言おうとして、慌てて思いとどまる。 「…前のあんたのほうが、何だ?」 アルベルがネルの目を覗き込んでくる。 ネルは黙ったまま、静かに視線を逸らした。 アルベルの紅い瞳に見られると、自分の考えが見透かされてしまうような気がしたから。 「…別に」 「ふぅん」 こんな照れくさいことを思っていたなんて、知られたく…ない。 そう思いながら、ネルは目を逸らしたまま言う。 アルベルは怪訝そうにそう一言つぶやいた。 ネルはアルベルから顔を背けたまま黙っている。 「…おい」 ネルがずっとそのままなので、つまらなくなったのかアルベルがそう呼びかける。 「無視すんなよー」 返事がなかったので、アルベルはつまらなさそうな顔をしながら今度は間延びしたような口調で呼んだ。 「………」 「…ネル」 「!?」 普段は絶対に読んでくれない名前を呼ばれて反射的に振り向いたネルに目の前に、アルベルの顔があった。 アルベルはにぃ、といたずらっ子のように笑い、そのまま顔を近づけて唇を重ねてくる。 いつもとは違って、その動きが優しくて、ネルは動けなくなる。 しばらくして、アルベルが顔を離した。 「…いきなり何するんだい…!」 「したかったからしたんだよ」 「…あんたねぇ…」 身も蓋もない理由に、怒る気も失せる。 「いいじゃねぇか。今更照れてんのか?」 「…別に、そんなんじゃ」 「ならいいだろ」 と言うが早いが、今度は抱きすくめられる。 アルベルの仕草が妙に優しかったので、またネルは動きが止まってしまった。 ネルは文句を言おうとアルベルの顔を睨みつける。 が、思いもよらないほどアルベルの顔が幸せそうだったので、すこし驚いた。 「…あー。落ち着く」 …私は落ち着かないよ! ネルは少し赤くなりながら心の中で叫ぶ。 「…あんた。本当に変だよ」 「んー?」 「…いつもなら、こんなことしないじゃないか」 「そうだったか?」 「そうだよ」 「…別にいいじゃねぇか。したいからしてんだよ」 臆面もなくそう言われて、ネルは返答に困る。 …いつもは、こんなに甘い会話なんかしない。口喧嘩ばかりだったから。 だから、こういう言い方をされると…ちょっと、いやかなり、困る。というか照れる。 気恥ずかしさから、また顔を背けていると、アルベルがまた名前を呼んできた。 「おい」 「…」 「…ネル?」 「っ!?あ、あんた、いつもは絶対呼ばないくせに…!」 「こう言えばお前が反応するってわかったからな」 くくく、と喉で笑うアルベル。 その、邪気のない子供のような可愛らしいアルベルの笑顔を見て。 あーもうだめだこんなこいつ耐えられない。 ネルの頭のどこかでぶつん、と何かか切れた。 「………に」 ネルは肩を震わせながら何かを言った。 「は?」 この至近距離でも聞き取れなかったため、アルベルは聞き返す。 「いいかげんに…」 ネルは一旦そこで言葉を止め、すぅ、と息を思い切り吸って、 「元に戻れ―――――!!!!!」 と叫びながらアルベルを思いっきりぶん殴った。 不意打ちを食らってアルベルは見事に吹っ飛ぶ。 そのまま座っていたベッドの後ろの壁に後ろ頭を思いっきりぶつけた。 がん、と鈍い嫌な音がする。 そのままずるりと座り込んだ。 「…あ」 アルベルと壁がぶつかった音が思ったよりも痛そうだったので、ネルは内心しまったと思う。 もしもこれでさらに馬鹿になったらどうしよう。 そう思って、とりあえずアルベルの様子を見ようとベッドの上に乗って近づく。 「…大丈夫…かい?」 アルベルは答えなかった。後頭部を手で押さえているところを見ると、とりあえず意識はあるようだ。 「………」 「…アルベル?」 「…な」 「え?」 「痛ぇな!何しやがるこの阿呆女!」 アルベルはそう言ってこちらを睨んできた。 「………え」 …もしかして。 今のショックで、元に、戻った? ネルは目を見開いたまま、そんなことを思った。 「…あんた、元に戻ったのかい?」 「あぁ?何わけのわからねぇ事言ってんだよ、阿呆」 そう言うアルベルの口調は、昨日、つまり変になる前のものとまったく同じだった。 ネルはしばらくアルベルの顔を凝視していたが、やがて表情を崩し、へらりと笑った。 「あははは!」 そのまま楽しそうに笑い出す。 アルベルは、急に笑い出したネルに少し驚き、そしてすぐに不思議そうな顔をする。 「なんだよ急に」 そういうアルベルに、ネルは笑いながら飛びつく。首の後ろに手を回して抱きついたまま、笑う。 「ふふふ…。元に、戻ったんだね」 確かめるように、すごく嬉しそうにネルは言った。 「だから何の話だって訊いてんだろうが」 「いいんだよ。知らなくて」 楽しそうに言って、またネルは笑う。 「?」 本気でわけがわからないと言わんばかりの顔でアルベルはネルを見た。 自分の腕の中にいるこの女は何故かとても楽しそうに笑っている。 というか、よく覚えていないが殴られて壁に頭をぶつけた覚えはある。 人のこと殴っときながら急に抱きついてきて何ひとりで笑ってんだこいつ。アルベルは思った。 ネルはそんなアルベルを見ながら楽しそうに笑う。 そして、小さな声でつぶやいた。 「…今のあんたが、一番いい」 本当に小さな声だったが、アルベルの耳にはしっかり聞こえていた。 「あ?…誘ってんのか?」 「さぁね。どうだろうね?」 相変わらず楽しそうな顔でネルは言った。 「わけ、わかんねぇな」 アルベルはそう言いながら体勢を入れ替えてネルを組み敷く。 「あはは。わかんなくていいのさ」 ベッドに縫い付けられたまま、ネルは目の前にいるアルベルに向かってそう言った。 「…お前が誘ったんだからな」 「今日だけはそういうことにしといてあげるよ」 まだ楽しそうに笑っているネルに、アルベルはうるさいと言わんばかりに唇を重ねる。 少し強引な、そんなキスにネルは我知らず微笑んだ。 …ああ。やっぱり、こっちのほうがいいな。 そんなことを思いながら。 |