季節は冬。
白い雪がふわふわと舞い降りてくる、真っ白な季節。



今日はそんな季節の真ん中あたり、クリスマスと名付けられた日。
地球という青い星から広まったこのイベントは、みんなが楽しみにしている素敵な行事。
いつの間にやら恋人達の日と化してるみたいで、メインのはずなキリストの誕生日はそっちのけ。



いつも、こういう行事が嫌いな人も、たまには便乗してはしゃいでみよう。
たまには便乗して…大切な人や、大好きな人へ、贈り物をしてみよう。



だって、今日はクリスマス、なんだから!





Today, it is Santa that all is all!! -Fate*Sophia-





「可愛いなぁ…」



多くの人が行きかう雑踏の中。
キラキラした光に照らし出されたショーウィンドウを見て、茶髪の少女がため息をこぼした。
彼女の大きな瞳が見ているのは、ショーウィンドウの中にででんと座っている超巨大な猫のぬいぐるみ。
彼女の身長ほどもある無駄にデカいそのぬいぐるみは、彼女の持ち金じゃとても手の出せない値段が書き込まれた値札がついている。
そのバカ高い値段のおかげで、ここに置かれてから売れていないのは、彼女にとってラッキーだったけど。
でもこれをただ眺めているだけじゃなくて、欲しいと思うようになってからは、また話は別なのだ。
今日だって、買い物のついでに近くに立ち寄ったから見ているだけ。
はぁ、とため息をひとつこぼす。



「…何見てるんだよ?」



ショーウィンドウに映っている彼女の横に、青い髪の少年の顔がひょっこりと映る。
彼女はあれ、と言ってウィンドウの中を指差した。
青髪の彼は彼女の指の指す方を見て―――少々呆れ気味の苦笑を漏らした。



「なるほどね」



訳知り顔でそう頷く彼は、彼女がそれを欲しがる理由に大いに心当たりがあるのかうんうんと頷く。
彼女はそんな彼を、夜故に鏡のように光を反射するウィンドウ越しに見る。



「欲しいのかい、あれ」



確信を持って訊かれた台詞に、無言で頷く。



「でも、いくらなんでも高すぎるよね」



可愛らしい文字でありえない値段を表示している値札を軽く睨みながら、彼女が恨めしそうにつぶやいた。



「なんでぬいぐるみってこんなに高いんだろう」



コストがかかるのはわかるけど、それでも買って欲しいんならもう少し安価にすべきじゃないだろうか。
そう思う彼女の意見はもっともだろうが、もっともであっても目の前のぬいぐるみの値段は変わらない。
またため息をつく彼女を見て、彼は今日の夕ご飯になる予定の食材が入っている紙袋を抱えながら苦笑する。
そんな彼を、視線をぬいぐるみに向けたままウィンドウ越しに見て、彼女は呟く。



「ねぇフェイト。あれ買って?」



とか言っても、どうせ彼はお馴染みの黒い笑顔で誤魔化すのだろうけど。



「気持ちはわからないでもないけどだめ」



案の定。
彼は一見爽やかな笑みをたたえてやんわりと断った。
こう言われるだろうことを予想していた彼女は、やっぱりね、と小さく呟く。
今言ったことがワガママだってことは、一番自分がよく知ってる。
でも。





あれじゃなくても。
とんでもなく高い、あのぬいぐるみじゃなくてもいいから。
クリスマスという特別な日に、大切な人から何か特別な物を欲しいと願うのは。
ワガママなのでしょうか?





「カワイイ彼女のおねだりを無碍にするの?」
「今日ちょうどクリスマスだしさ、ねぇ、買ってよ」
「あのぬいぐるみじゃなくてもいいから、ねっ?」



懲りずにまたさらに言ってみる。
と、



「ねぇソフィア、"ねだる"と"ゆする"って、同じ漢字書くって知ってた?」



黒い笑みでそう返された。





「…知ってるもん、"強請る"でしょ?」



少し拗ね気味に答える。
ワガママを言っているのは自分のほうなのだから、拗ねるのは筋違いかもしれないけど。





小さく頬を膨らませながら、そっぽを向いていたら。
くすくすと笑う彼の声が聞こえた。



「嘘だよ。買ってあげる」



…え?



弾かれたように振り向くと、もうすでに彼は隣にいなくて。
一瞬後、目の前の店に入っていく彼の後姿を見つける。
彼が店員に何やら話しかけていて、店員が笑顔で応対している。
すぐに店員らしき人達がウィンドウの中にある巨大な猫を運びだして。
まるで荷造りをするように、ぬいぐるみが巨大な包装紙で包まれて。
あっという間にウィンドウは空になり、中にあった猫は彼に担がれて自分の目の前にいた。



「はい」
何事もなかったかのように、彼は彼女に包装された大きな猫を見せた。
ぽかんとしている彼女は、はっとなって彼に詰め寄る。
「なっ…フェイト、お金は!?」
真っ先にそれを聞いてくるかな、と彼は苦笑してさらりと言った。
「フレイちゃんからたかったエーテルフローズンを全部売っぱらったお金を使ったら、余裕でおつりが来たよ」
彼女は彼の答えにぽかんとして、彼はそんな彼女をにこにこ笑いながら眺めている。
「ほら、これ欲しくないの?いらないんなら返してくるけど?」
ほらほら、と猫の包みを揺らされて、
「…ほ、欲しいよ!」
慌てて言う。
彼は微笑んで、言う。
「だろ?だったらいいじゃないか」
驚いていた彼女の表情が、次第に晴れていって。
満面の笑みを浮かべて彼女がこれ以上なく嬉しそうに、答える。
「うん!フェイト、ありがとう!」



「どういたしまして。ところで僕には?」
「えっ?」
「僕にはクリスマスプレゼント、ないわけ?」
と言いながら小首を傾げてくる彼に、彼女はうっ、と詰まる。
「…えっと、もうちょっとだけ待って」
ごにょごにょと答える彼女に、彼はまた笑いながら、
「…セーターとマフラー、どっちだい?」
「うぇ!?」
跳ね返ったような声を出した彼女の顔は、まさに図星を突かれたといったふうにぎくりと強張った。
「…一週間、くらい前から?手芸屋によく寄ってたよね」
「フェ、フェイト気づいて…っ!」
「当たり前だろ、ソフィアのことなんだから」
あわあわと慌てている彼女とは対象に、まったくいつも通りな彼。
「それで?セーターとマフラーのどっち?あ、手袋っていうのもアリかな」
そんな彼を見て、彼女は観念したように肩を落とした。
「…マフラーです」
内緒にしてたのに…と彼女は残念そうにつぶやく。
「で、もうちょっと待って、って言うことはさ…まだ未完成?」
そこまでバレてるのか、とソフィアは口ごもる。
「…今日中には完成させるもん」
「それは楽しみだな。今からツリーの飾りつけや、夕食や、その支度もあるのに?」
意地悪く笑う彼に、彼女はうつむき加減で気まずそうにうめく。
「…うぅ」
「嘘だよ。楽しみにしてるからね。…無理して今日中に終わらせることないんだからな」
そう言われて頭をぽんぽんと撫でられる。
「でもっ、フェイトはちゃんとクリスマス当日にくれたじゃない。…私だって、ちゃんとクリスマスに渡したいもん」
「"こういうのは気持ちが大事"なんだろ?今日中に渡したいって思ってくれるだけで、僕は十分嬉しい」
そう言って笑う彼の笑顔には、珍しく黒さはなくて。
…かなわないなぁ。彼女は思った。





青髪のサンタが贈ったのは、彼女くらい大きい、可愛い可愛い猫のぬいぐるみ。
茶髪のサンタがその日ギリギリに贈ったのは、綺麗に編みこまれた、暖かそうなマフラー。

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