「ここはドコだよーっ!」 河岸の村と鉱山の町の真ん中にある、アイレの丘ともカルサア丘陵とも呼ばれるその場所で。 小さな男の子の声が響いた。 Today, it is Santa that all is all!! -Roger*Souffle- その声に驚き、近くにいた動物達がびくりと体を震わせる。 そんな動物達を無視して、先ほど大声をあげた少年はまわりをきょろきょろと見回しながら歩いていた。 焦茶の髪に獣の耳、狸の尻尾を持つ彼は、両手に大きな地図を持ったままずんずんと歩く。 「う〜、この岩みたいなのがある場所を右に行って〜…」 地図と周りの景色を見比べ、そして目当ての岩がないのを見て取って。 「どーして岩が見当たらないんじゃんよぉぉぉ!」 また叫ぶ。 苛々にまかせて地図をぐしゃぐしゃにしようとして、やっぱり思いとどまる。 これがなくなったら本気で迷ってしまう。もうすでに迷っているのかもしれないが。 「ここはドコだよーっ!」 彼はこれからまた数回その台詞を叫ぶ。が、叫んだところでどうなるわけでもない。 結局、いろいろと迷いに迷った挙句、また同じ台詞を十八回叫んだあとようやく目当ての場所を見つけた。 きらきらきらきらと輝く街、ジェミティ。 エターナルスフィアが独立した後も何故か変わらず行き来できるその町に、先ほどまでさんざんに迷っていた彼がいた。 彼がいるのはエターナルスフィア端末。 アイレの丘のトランスポートを経由してここへやってきた彼は、自分の目の前にある画面とかれこれ数十分にらめっこをしていた。 「エリクール?…って、オイラがさっきまでいたとこだったよな…。ばんがーど?そんな名前じゃなかった気がするじゃんよ…。惑星ストリーム?ストリームアタックによく似てるじゃん…ってそんなこと今はどうでもよくって…。もう一個は…読めねぇし…」 彼が行ける場所を示すコンピューターに表示された文字の羅列。 そのうちのどれかが、彼の行きたい場所なのだが。 「…どれじゃんよぅ」 困り顔で彼は文字をじっと見ている。 が、見ているだけではラチがあかない。 「…よし!とりあえず片っ端から行ってみるじゃんよ!」 彼はそう勢いよく結論を出して、表示された一番上の行き先をぽちっと押した。 白い光に包まれて、一瞬視界が遮られる。 光が晴れて、たどり着いたその場所は。 「…森……?ここは違うよなぁ」 彼がさっき、"ばんがーど"と発音していた星、ヴァンガード三号星だった。 さすがにここは目当ての場所と違うと悟り、早々に戻る。 次に表示された場所へ行ってみる。 そこにいたのは。 「のわ――――っ!?だ、代弁者!?」 白い服に白い羽。閉じた目に浮かんでいる体。 見た目は天使、本性は悪魔な敵、代弁者。 …の、軽く見て十匹はいるであろう、大群だった。 「……………………」 彼は再度沈黙して。 背中にしょっていた斧を振り上げ、 「スターフォール!!!」 叫んだ。 空からわけのわからない物が大量に落ちてきて、あっという間に代弁者の群れは片付いた。 「あ〜、あぶなかったじゃんよ」 彼はふぅ、と安堵のため息をついている。 モンジャラゴラさえ瞬殺できるというのに、一体どこが危なかったのだろうか。 彼は気を取り直して、またトランスポートに戻って次の行き先へと進んだ。 無機質な素材で作られた、いかにも基地といった感じのその場所。 歩くたびにかつんかつんと音のする床を、彼は猛烈な勢いで走っていた。 だって急がなければ間に合わない。 さっき近くにあった時計を見たら、予定していた時間を大幅に過ぎていた。 余裕を持って家を出たのだが、こんなに迷うとは思っていなかった。 短めの足でちょこまかと通路を走り抜けて、目当ての場所へようやくたどり着く。 ぜぇぜぇと息をつきながら、扉の前に立つ。 自然に扉は開いて、彼は急いで中に入った。 入ってすぐに聞こえてきたのは、大きな拍手と負けず劣らず大きな歓声。 見ると、そこにいるのは大勢の人と、そして…。 「じゃあ、次はピエロのバジルちゃんが、"フラフープしながらピン十本"を披露しちゃうよっ★」 片手にマイクを持って可愛らしい声でそう言った、小さな少女。 この大観衆の中で緊張した様子もなく司会をしている、彼にとって見慣れた少女だった。 その声に従って舞台に登場したのは、いかにも道化師といった感じの緑色の服の変な顔のピエロだ。 腰でぐるぐるとわっかを回しながら、とんでもない速さでピンをひょいひょい投げ続けている。 思わず彼はその演技に感心して、 「ほへー…」 と間の抜けた声を漏らす。 やがて演技は終了して、また拍手が起こった。 ピエロがおどけた足取りで退場して、また彼女が姿を見せた。 「みんな楽しんでくれたかな?さぁて、長かったこのショーももうすぐ終わり。最後はこのショーのメインイベント!このあたし、幻惑の妖精ことスフレ・ロセッティが、」 そこで彼女は言葉を止めて、彼のほうへ視線をやった。 「みんなと、そして入り口のところにいるおチビちゃんの為に!踊りたいと思いま〜す!」 彼女はそう言って、ゆっくりと礼をする。 視線を向けられた彼が驚いている間に、彼女の踊りが始まった。 彼女の踊りは、緩やかで、それでいてアップテンポな楽しい雰囲気を感じさせるようなものだった。 絶え間なくテンポが変わり、見る人を惹きつけるような、そんな踊り。 いつも戦闘時に見る彼女の踊りとは違って。 一生懸命に、でもとても楽しそうに踊っている。 とても上手で、…綺麗だった。 「…すげぇじゃん、スフレ姉ちゃん」 我知らず、彼が呟くほどに。 やがて彼女は踊り終わり、そしてフィナーレの挨拶をした。 観客達は満足そうな顔をして拍手をしている。立ちすくんでいた彼も、力いっぱいに拍手をした。 そして興奮冷めやらぬままに、観客達はゆっくりと帰っていく。入り口付近にいた彼は慌てて道を譲った。 帰っていく観客達を見ながら、彼は人の波に飲まれないようにステージのほうへと向かった。 「スフレ姉ちゃん!」 ステージの脇で、ボトルに入ったシェイクを飲みながら休憩していた彼女は、その声に反応して振り向いた。 「ロジャーちゃん!」 そして表情を明るくさせて、舞台からぴょこんと降りる。 走りよってきた彼の前まで行って、誇らしげに口を開いた。 「どう?どうだった、あたしの踊り!」 上手だった?と聞いてくる彼女に、彼は腕組みをして目を閉じながら。 「うーん。まぁまぁって感じじゃん?」 彼女はぷーっと頬を膨らませる。 「あっ、ナマイキー!このこのこのぉ!」 うりゃうりゃ、と彼の頭をぐりぐりやっている彼女と、 「痛い痛いいたいじゃんよ!」 ぎゃーぎゃーわめく彼を見ながら。 「…お嬢。気にしなくていい。彼、すごい勢いで拍手してた」 「そうでヤンスよ、目をキランキラン輝かせながら拍手してたでヤンス」 途切れ途切れに喋る大男と、軽い口調で話すピエロがそう言った。 「んなっ!」 焦る彼と。 「えーっそうだったのロジャーちゃん!」 喜ぶ彼女。 彼はうっ、と詰まり、そっぽを向いて答える。 「…さぁなっ」 「あーもースナオじゃないなぁ…。まぁ、楽しんでくれたんなら嬉しいよっ★」 彼女はそう言って、次の瞬間何かを閃いたように、そうだ!と手を鳴らす。 訝しがる彼の後ろに回って、どこからか取り出したマジックを、キュポン☆といい音を鳴らしながら蓋を開けて。 「……………ロジャーちゃんへ、幻惑の妖精、スフレより★よーし完成っ!」 彼に抵抗する間も与えず、背中にサインを書き込む。 「!? な、何書いたじゃんよ!」 何を書かれたか見えず、彼が慌てる。 「あたしのサインだよ!今のところ、フェイトちゃんとロジャーちゃんにしか書いてないんだから、激レアだよ」 「…?」 彼はよくわかっていなかったようだが、彼女は楽しそうにうふふふーと笑っている。 「あ、そうだ」 彼は思い出したようにそう言い、どこからともなく一つの箱を取り出した。 その箱は四角くて、白い包装紙と赤のリボンでラッピングされている。 大きさは、彼女が両手で抱えられるくらい。 「ほい」 そう言って渡された彼女は、一瞬きょとんとなる。 「…あたしに?ありがとう!」 「ま、今日招待してもらったお礼じゃんよ」 「わぁ、何かな何かなっ!」 うきうきとしながらラッピングを解く彼女を、彼はにぃ、と笑いながら見ていた。 リボンを解いて、包装紙をはがし、彼女はゆっくりと箱の蓋を開けた。 …びよよよよんっ!! 突然。箱の中から何かが飛び出してきた。 「ぅひゃあぁっ!」 彼女は驚いてひっくり返ったような声をあげる。 出てきた何かとは、妙ちくりんな形をした、かろうじて生き物と判別できるような物体。 バネがついていて、開くと飛び出す仕掛けになっている。 「…び、びっくり箱?」 「やった、ひっかかった、ひっかかったー♪」 「…ロ〜ジャ〜ちゃ〜ん…?」 彼女は据わった目で彼を睨んだ。 彼は一瞬怯んで、 「うぁースフレ姉ちゃんが怒ったー!」 くるりと踵を返して楽しそうに走り出した。 「あっ、こらっ!」 「逃ーげろー!」 「待ちなさぁーいっ!」 彼女もすぐに追いかける。 ステージの後片付けをしているはずのその場所は、彼と彼女の追いかけっこの舞台となってしまった。 「やれやれ、我らが姫君もまだまだお転婆ですね」 「まったくだよ。いつになったら大人らしくなるのかねぇ?」 「スフレは元気なままのほうがよいぞな」 「…まぁ、そうだけどね」 彼らを見ていた、優雅で華奢な髪の長い男と、赤いドレスを身にまとった女性と、背の低い小太り気味の男がそんな会話を交わしていた。 「…ん?」 赤いドレスの女性が、驚いた拍子に彼女が落っことしたびっくり箱の傍に落ちている何かを目に留めた。 拾ってよく見ると、それは小さな箱と、そして小さなカード。 このびっくり箱に入ってたのかね、と思いながら見てみると、小さなカードには、 スフレ姉ちゃん、いつもかたっぽしかイヤリングしてねぇだろ? それじゃなんか寂しいから、もう一個やるよ! と、書かれていた。 そして箱の中には、ほんの少しいびつな、でも可愛らしいイヤリングが入っていた。 赤いドレスの女性は、追いかけっこをしている彼と彼女を見やる。 彼の背中に書かれているサインを見て、目を細めた。 「…将来、あの子に芸を仕込むことになるのかもねぇ…」 赤いドレスの女性は感慨深げにそうつぶやいた。 いまだに逃げ回っている彼の背中には、こう書かれていた。 "大好きなロジャーちゃんへ★幻惑の妖精、スフレより★" 銀髪の、明るいサンタが贈ったのは、彼女の精一杯の踊りと、彼女の激レア(?)のサイン。 狸の耳と尻尾のサンタが贈ったのは、彼女が左耳につけているものとよく似た、少し歪んでいる小さなイヤリング。 |