「たまにはさ。交換して手入れしてみないかい?」



宿屋の一室。
手入れをしようとして鞘から自分の刀を取り出した彼は、そう言ってきた彼女の言葉に一瞬動きを止めた。











「は?」
「あんたの手入れの方法と、私の手入れの方法、微妙に違うみたいだからさ。どっちが剣にとっていいのか気になってね。だったら、交換して手入れして、いつもとの差異を見てみたいなって思って」



そう説明した彼女に、ソファを占領してどかりと偉そうに座っていた彼は自分の刀を見遣る。



「…そう、変わらねぇんじゃねぇの?手入れの方法なんぞ」
「そんなことないよ。例えば、私とあんたが同時に手入れを始めたとしても、私の方が早く終わるだろう?」
「それはお前の得物のほうが見た目通り表面積が小さいからだろう」
「それもあるけど、隠密は必要最低限の手入れを手早く行うように言われてるから。あんたみたいな前線で戦ってる戦士も似たような立場だろうけど、やっぱり根本的に手入れのやり方が違うんだよ」



言われて、そう言えば彼女はどれだけ時間がある時でも何かに追われているかのように手早く手入れを済ませていたな、と彼が思い返す。
…それで本当に手入れしているのか、と常日頃疑問に思っていたのも事実で。



「仕方ねぇな…やってやるから早く寄越せ」
「偉そうに」



そう言いながら、でも彼女の顔は笑んでいる。
向かい側のソファーに座っていた彼女が、腰に吊っていた短剣を鞘ごと取り外し、彼に渡す。
それを受け取り、彼も抜きかけていた刀を鞘に戻して結わえていた紐を解き、彼女の方へ軽く放り投げた。
彼女は片手でぱし、と受け取る。
彼が彼女の短剣を鞘から抜いた。
彼女も彼の刀を鞘から抜いた。



「…あんたのこの刀に触るのは二度目だね」
「俺も、お前のこの短剣に触るのは二度目だな」



お互い剣を鞘から抜き、目の前にかざしあるいは峰に手を当てて支えながら、鋭く光る刀身を眺める。



「クリムゾン・ヘイトの使い心地はどうだい?」



アーリグリフの至宝である魔剣の名を呼びながら、彼女が彼に問う。



「悪かねぇな。お前こそ竜穿を使いこなせてるのか?」



同じくシーハーツの至宝である護身刀の名を呼びながら、彼が彼女に問い返す。



「使いこなせてるつもりさ。まだまだ修行不足なのは否めないけど」
「ネーベルに出来てお前にできねぇことはねぇだろうが」
「…なんであんたが父さんを呼び捨てにしてるのさ?」
「細かい事は気にするな」
「…?」
「…まぁ、使いこなせなかったらそれまでの実力って事だろ」
「そうだね…。でも父さんの大切な形見だ、他の奴等になんて使わせたくない」



彼女は彼の手にある自分の得物を見る。



「ほぅ」
「だから絶対使いこなす。…使いこなしてみせるよ」



挑戦的ににやりと笑む彼女を見て、彼が笑う。



「俺は別に他の奴等に使わせたくねぇからこれを所有してる訳じゃねぇけどな」



彼は彼女の手にある自分の得物を見る。



「ふぅん、ならどうして?」
「親父に使いこなせて俺ができねぇわけねぇだろう」



尊大ににやりと笑う彼を見て、彼女が笑う。



「あんたらしいねぇ」
「ふん」



会話はそこで途切れ、二人は自分のあるいは相手の手荷物から道具を取り出し、剣の手入れを始めた。





「ねぇ」「なぁ」



二人の口から同時に言葉が飛び出す。
互いに、下げていた視線を上げ相手に向ける。
顔を見合わせて、お互い苦笑する。



「先に言っていいよ」「急く事でもねぇしお前から言え」



また二人同時に言葉を発し、声が重なって聞き取りにくい音が生まれる。
二度目の苦笑を漏らし、二人顔を見合わせる。



「…間が悪いねぇ…」
「まったくだ。…ともかくお前からでいいからさっさと言え」
「さっさと、って事は手早く話し終えろって事だろ?だったらあんたからでいいってば」



平行線な会話がまた続いて。
少し沈黙が流れる。





その沈黙を破ったのはぽつりと呟かれた一言だった。



「…あんなに怖ろしい思いをしたのは始めてだったよ。間違いなく、生まれて初めてだった」
「…あの一件があるまで、俺はお前の考え方が大嫌いだった。お前のその、甘い考えが」