※連載物第四話です。話がわからない方は25.風ふく街から読んでくださいマセ。






「また川見てるの?」
アリアスの村の近くを流れる川。
その川に架けられている橋の上で、女の子の声が聞こえた。





揺れる水面





「…ネル」
男の子が声に反応してゆっくりと振り向く。
振り向いた先に立っているのは、少し怒った風に頬を膨らませている女の子。
ここまで走ってきたらしく、少し息が切れているようだった。
「ひどいよ、先に行っちゃうなんてー。いっつも呼びにきてくれるのに」
男の子の隣まで歩きながら、女の子が言う。
男の子は苦笑いをして女の子を見た。
「ごめんごめん」
「そんなに川が好き?」
まだ少し怒っている女の子が言って、男の子が答えた。
「うーん。うん」
「…まぁ、確かにキレイだけどね」
女の子が言って、川を見る。
ゆっくりと流れている川は、陽射しを反射して白く淡く光っている。
欄干に頬杖をついて、女の子が川面に映る自分を眺める。
「でも、アルベルは明日の朝早くに帰っちゃうんでしょ?遊べるのは今日一日だけなんだから、川ばっかり見てたらすぐに終わっちゃうよ」
「あれ、でもお前は今日帰るんじゃなかったのか?」
女の子が首を横に振る。
「ううん。最初はそうだったんだけど、えーと、会議の、まとめ?とか、反省?とか、いろいろあって、帰るのは明日になったんだって」
「そっかー…」
男の子が言って、ふぅ、と小さくため息をつく。
「…明日、か。早いな」
少し寂しそうに、男の子がつぶやく。
「そうだね。…五日間って早いね」
女の子も少し寂しそうに、つぶやく。
少し、重苦しい雰囲気がその場に流れる。
「でもさ。遊べるのは今日で最後なんだから、今日はいっぱいいっぱい遊ぼ!」
そんな空気を追いやるように、女の子が笑顔で言った。
「うん」
男の子が、つられるようにして頷く。





「うー、走ってきたら暑くなっちゃった」
「もともと今日はコート着るほど寒くなくないか?」
「いつもの癖で、つい着てきちゃった」
そう言って笑いながら、女の子が来ていたコートを脱いで橋の欄干にかけた。
かける際、コートのポケットの中身が落ちそうになって慌てて女の子が拾い上げる。
「あ、そういえば」
ポケットから落ちそうになったのは、女の子が持っていた黒い小さな手袋。
「これ、前くれたとき、"記念"、って言ってたよね?」
「うん。言った」
欄干に両肘を突いて男の子が答えた。
穏やかな風が二人の髪や服を揺らす。
「あの後ね、記念って何?ってお父さんに聞いてみたんだ」
女の子の声は、流れていく風と似て穏やかだった。
「そしたら、"大切な思い出を忘れないために、何かを残しておくこと"って教えてくれてね」
女の子が楽しそうに言った。
男の子が少し照れたようにそっぽを向く。
「…ふーん。それで?」
「え?アルベルも、思い出を忘れたくなかったのかなーって」
「…そりゃそうだろ」
やっぱり照れたように言うから、女の子は男の子に見えないようにくすっと笑った。
「だいじょうぶだよ。わたしはアルベルとの思い出、忘れたりなんかしないもん」





女の子がそう素直に言うと。
「…ありがと」
男の子は少し驚いたように、笑った。
「あ、やっと笑ってくれたね」
「え?」
「今日、まだ笑ってくれてなかったでしょ」
「…そうだっけ」
きょとんとする男の子に、女の子がまた笑う。
「気づいてなかったの?」
「…うん。気にしたこともなかった」
「ダメだよぉ、笑うと元気になれるんだから。ちょっとは気にしないと」
「ネルは確かによく笑うよな」
今度は女の子が驚く番だった。
「わたし、よく笑う?」
「あぁ。なんか、そんな感じのイメージある」
「そっかー…。そうかもね」
そう言って、女の子は持っていた黒い手袋を今度は服のポケットへ入れようとした。





突然、強い風が吹いた。





「うわ!」
「きゃぁっ!」
いきなり顔や体に風が当たり、二人が髪や顔を手でかばう。
その拍子に、女の子がポケットにしまおうとしていた手袋が、手から離れた。
「…あ!」
女の子が手を伸ばした時にはもう遅く、黒い手袋は宙に舞う。
欄干から身を乗り出して手を伸ばした女の子を、男の子が慌てて引きとめた。
「阿呆!落ちるぞ!」
「でも、手袋がっ…」
焦ったように女の子が言っている間に、手袋は風に舞い上げられて空中で一回転する。
そのまま風に吹き流され、橋のかかっている川のすぐ傍の木の枝にひっかかった。
女の子がほっと息をつく。
「…よかったぁ、川に落ちちゃうかと思った…」
「おいおい、お前が落ちるところだっただろ」
呆れたように男の子が言って、女の子がしゅんとなる。
「ごめん」
「…怒ってるわけじゃない」
男の子が苦笑して、女の子の頭をぽんぽん叩く。
「ほら、手袋取りに行かないとまた風で落ちちまうぜ」
「ぅあっ!そうだった!」
途端にがばりと威勢よく顔を上げた女の子に、男の子が少し驚く。
確かに手袋が引っかかっている木の枝のすぐ下は川が流れているので、また突風が吹けば落ちてしまうだろう。
だからと言っても、切り替え速いよなぁ、と男の子はこっそり思った。
「取りに行ってくるね!あ、コートが落ちないように見てて!」
「え、おい!」
女の子はあっという間に橋を渡りきり、木の生えている方の岸へと移動した。
手袋がひっかかっている木の方に向かって、川に沿って上流へ走っていく女の子の背中に、男の子が声をかける。
「おい、危ないぞ!俺が行こうか?」
女の子が立ち止まって、振り返る。
「ううん、いいの。わたしが取りに行きたいから」
「…。無茶すんなよ!」
「わかってる!」
笑顔でそう答えて、女の子はまた走り出す。
上を見上げて、手袋の引っかかっている木の枝を視界の端で見つける。
その木に走り寄って、根元で止まった。
木は太くしっかりしていて、女の子一人が登ったとしてもびくともしないだろう。
それを確認して、女の子が木の幹のでこぼこした部分に足をかけた。
足場が崩れたり砕けたりしないのを確かめて、また少し上のでこぼこを見つけて登っていく。
するすると上へ登っていく女の子を橋の上から見ながら、男の子は感心したように口を開く。
「うへー。たくましー」
男の子が、さらに上へ行く紅い髪をぼんやり眺めていると、木の枝に引っかかっている手袋が僅かに揺れた。
「! ネル!木揺らすと手袋落ちるぞ!」
「…! う、うん、気をつける」
そう答えて、女の子は幹に振動ができるだけ伝わらないように、ゆっくりと慎重に登っていく。
やがて、手袋がひっかかっている枝の高さまで登りついた。
その枝は大した高さではなかったが、女の子が落ちたら捻挫くらいはしてしまいそうだった。
だが、不思議と恐怖は感じなかった。
引っかかってしまった手袋を取りに行くことだけで、頭がいっぱいだった。
「ふぃー…」
「だいじょぶかー?」
一息ついて枝にすとんと腰を下ろした女の子に、心配そうに見ていた男の子が声をかけた。
橋の上でこちらを見ている男の子に向かって、女の子が手を振る。
「うん、平気ー!」
「気をつけろよー!」
「うん!」
女の子は手袋がひっかかっている枝を見る。
黒い手袋があるのは、枝の先、葉っぱが連なるようにして生えている場所だった。
幾重に重なるようにして生えている葉の上に乗っかっている。
女の子は立ち上がり、そこへ向かって少しずつ枝の上を移動した。
幸い、その枝は女の子が乗っても折れないくらいの丈夫さだった。
ゆっくりゆっくり、枝に振動を与えないように、少しずつ移動する。
しばらくそうやって枝の上をそろそろと移動して、やっと手袋のひっかかっている葉の上の近くまで来た。
たった少しの時間だったはずなのに、妙に長い時間に女の子は思えた。
枝は先に行くにつれ細くなっているので、少し動いただけで揺れてしまう。
女の子はゆっくりと、葉の上にある手袋に手を伸ばした。
今にも落ちてしまいそうな微妙なバランスを保っている手袋を掴もうとした時、
「…あっ!?」
するり、と。
女の子の手から逃げるかのように、手袋が葉の上から落ちた。
下にある川へ静かに落ちて、そのまま流れに任せて流れていく。



―――流されていっちゃう。



そんなの。
そんなの、やだ!



女の子が、そう思って泣きそうになった瞬間。





視界に、見慣れた黒い服がひるがえるのが見えた。



(―――え?)





ばしゃん。





川の下流、つまりは手袋が流れていった方向で。
大きな、水飛沫が上がった。





弾かれた様に、女の子が音のした方を見る。





水飛沫が収まった、その場所には。
さっきまで橋の上でこちらを見ていた金色と黒の髪の男の子が、水飛沫に濡れながら立っていた。





「…え!?」
ぎょっとなって女の子が目を見開く。
「うー。さすがにちょっと冷てぇなー」
男の子は女の子の声を気にせずに、川の中をざばざばと歩く。
ゆっくりと流れてきた黒い手袋を掴み、拾い上げる。
「ネルー、手袋は無事だぞー!」
ぽかんとしている女の子に向かって、膝の辺りまで水に浸かりながら男の子が手を振った。
川に落ちて流れていった、黒い手袋を手に持ったまま。





「…なんで?」
女の子の口から滑り出た言葉に、木の枝の近くまで歩いてきた男の子は眉を顰める。
「は?何が」
「危ないよ!なんで自分で川に落っこちたりするの?ケガしちゃったらどうするの!」
男の子は、女の子の台詞に目を丸くする。
何でこいつはこんなに必死なんだろう。そんなことを漠然と考えた。
「なんでって、これを取りに行くため、だろ」
左手に持った手袋をひらひらと振って、男の子が答える。
相変わらず強い調子の女の子の言葉が、男の子の上から文字通り降ってくる。
「でも…、危ないでしょ!」
「大切だって言ってたじゃねぇか。それに、俺がお前にこれ持ってて欲しかったの。そんだけ!」





男の子が一気にそう言って、女の子が押し黙った。
女の子が押し黙ったのは一瞬で、すぐにふっと力の抜けたような表情になる。
「…あなたって、…本当に……」
言いながら、まるで一年分の幸せが一度に押し寄せてきたかのような、
そんな形容がぴったりくるような笑顔を浮かべて女の子が笑った。
女の子の言った言葉がよく聞き取れずに、男の子が一歩近づく。
「ん?なんだよ?」
そう言って、上を見上げた。



その時。





ずるり。
枝に座っていた女の子の体が、変な方向へ傾いだ。
重力に逆らうことなく、その小さな体は下へ落ちる。
「ぅ、わ!?」
慌てたような女の子の声が響く。
「ネル!?」
男の子が、ほとんど反射的に水を蹴った。





落ちる。漠然とそれだけを認識した。
落ちたら水の中だ。春という季節になって間もないから、きっと冷たいし寒いだろう。
風の強い場所だから水から出た後も寒いに違いない。
でも、そんな感覚は落ちている最中に消し飛んだ。
落下予想地点に、彼が来たから。
ひどく焦った表情で。腕をこちらに差し伸べるように伸ばして。
あぁ。そんなところにいたら危ないよ。
私が、落ちてくるから。



でも。
どいて欲しいとは微塵も思わなかった。





なんとなく、それは憶えてる。





ばしゃん。





静かだった川に、また大きな水音と、派手な水飛沫が上がった。





高さはそれほどなかったが、それでも木の上から落ちたのだ。
それ相応の衝撃は覚悟していたが、女の子はそれほど痛みを感じなかった。
代わりに両手、手の先から肘の辺りまで、それと腰から下に冷たいものを感じて、女の子ははっとなる。
目の前に見えるのは、ものの見事にずぶ濡れになって川底に座り込んでいる男の子。
それほど体格差がない女の子を受け止めるようにして倒れこんだ男の子は、胸のあたりまで水に浸かってしまっていた。
「…だ、大丈夫!?」
がばり、と身を起こして、女の子はなんとかそれだけを言った。
「あー、大したことない。それよりネルは?」
本当になんでもなさそうに冷静に返した男の子に、女の子はすぐに答える。
「わたし、は大丈夫。平気だよ」
「そか、よかった」
そう言って笑う男の子に、女の子は心底申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんね。わたしが落ちたせいで、ずぶ濡れにしちゃって」
「今更だろ」
濡れて濃い色になっている自分の服を摘みながら男の子が答える。
男の子の体で、まだ水の被害に逢ってないのは肩から上くらいだった。
他はすべてずぶ濡れになってしまっている。
そんな男の子を見て、女の子はやはり申し訳無さが沸いてくる。
男の子は濡れたことなど気にした様子もなく立ち上がった。
立ち上がった拍子に、髪や指先から水が何滴も滴る。
「ほら、帰って服乾かそうぜ」
「うん」
男の子に続いて立ち上がる。
と。
足元が、ずるりと滑った。
水の流れで角の取れた丸い石がごろごろしている中で、足場が悪い所為もあったのかもしれない。
「わ!」
女の子は一回立ち上がってすぐに、また水の中に腰から落ちた。
本日三度目の水飛沫が上がる。
「…おいおい、大丈夫か?」
呆れたような、心配したような声が聞こえた。
転んだ衝撃でまた水びたしになってしまい、女の子が恥ずかしそうな不機嫌そうな表情になる。
「…うー。転んじゃった」
髪にまで水がかかってしまって、女の子のこめかみの辺りから水が滴り落ちてきて来た。
その感覚が少し気持ち悪くて、首を勢いよく振って水を跳ね飛ばす。
「あははは、ネル、風呂上りの犬みたいだな」
男の子が快活に笑った。
「…」
男の子の喩えたモノは女の子も確かにそうかも、と納得できる内容だったが、笑われたのが面白くなかったのか女の子はさらに不機嫌そうな顔をする。
それに気づいたのか、さすがに笑いすぎたと思ったのか、男の子はようやく笑いやむ。
「あはは、悪い悪い。ほら」
笑いやんだ男の子が、手を差し出してくる。
女の子はその手を握り、そしてにやりと笑って力を込めて引っ張った。
「ぉわ!」
予想外の出来事に、男の子の体は簡単に傾いた。
また、水飛沫があがる。
あっさりと水の中に倒れこんだ男の子は、今度は肩まで水に浸かった。
女の子が笑う。
「笑ったお返し、だよ」
「…やりやがったな」
男の子が面白そうににやりと笑って。
両手で水をすくって女の子に思い切りかけた。
不意打ちを食らって、女の子が驚いたように身をすくませる。
「ぷは!…やったなぁ!」
「お返しのお返しだ」
今度は女の子が男の子の肩を掴んで思いっきり押した。また水飛沫があがる。
それからはもう、服や髪が濡れるのもお構いなしに水の掛け合いが続いた。
子供らしい自制の無さで、二人ともやられたらやり返し、やり返されたらまたそれ以上にやり返そうとする。
水面が揺れに揺れて、波紋をたてる。
ぐしゃぐしゃになった水面には、楽しそうに笑っている子供が二人、歪んで映っていた。





少し経って。
男の子がぴたりと手を止めた。
つられるように、女の子も手を止める。
二人で川の中に座り込んで、顔を見合わせる。
どちらも全身ずぶ濡れで、髪も服もぐしゃぐしゃになっている。
どちらともなく、へらりと笑った。
「びしょ濡れだね、アルベル」
「お前もだろ」
「誰のせい?」
「さぁなー」
口ではこう言っているが、二人とも顔は楽しそうに笑っている。
春にしては暖かいほどの気温だったが、風が強いことも相まってどう考えても水遊びをするような日ではなかった。
が、そんな考えは二人の頭からとっくに消えていた。
座り込んでいる川底に、揺れる水面の影が落ちてゆらゆら揺れている。
済んだ水は透明で、水面の影が網目のような模様になって形を不安定に変えているのがはっきりと見えた。





「…あれ?そういえば手袋は?」
女の子が言って、男の子の表情が固まる。
その表情から何かまずい気配を感じ取って、女の子の表情が変な風に強張った。
男の子はゆっくりと、川の下流に目を向ける。つられるように女の子もそちらを向く。
川の下流、橋を潜り抜けたその先に、黒い物が小さく映った。
川のゆっくりとした流れにのって、ゆらゆら揺れながら流れていく。
流れていく先には、蒼いものがあった。
蒼くて広い、海と呼ばれる川の終着点。
「「…………」」
二人は顔を見合わせて。
「「…うわ――――――――――っっ!!!」」
二人して叫んで、手袋を追いかけた。








「…うぅ、寒い」
「言うなよ、余計に寒くなる」
あの後。
なんとか海にたどり着く前に手袋を取り戻し、びしょ濡れになったまま岸へ上がった。
はしゃいで水の掛け合いをしていた時はまったく寒くなかったのに、今になって寒さが一気に押し寄せてきた。
何かに夢中になると、周りが見えなくなってしまうのは子供の悪い癖だ。
とりあえず橋の近くまで戻って、靴を脱いだ。逆さまにすると水が落ちてきた。
服を絞ると大量に水が出てくる。髪を撫でると水がぱらぱらと落ちてきた。
「ファイアボルト!」
女の子が何やら呪文を唱えて、火の玉を作り出した。
その辺に落ちていた棒切れにともして、火種代わりにする。
「すげー、ネル施術使えるんだ」
他にも何本か棒切れを拾い集めながら、男の子が言った。
褒められて少し照れている女の子は、謙遜したように答える。
「ありがとう。でもまだまだ練習が足りないよ」
「使えるだけすごいって。俺全然できねーもん」
「それはそうだよ、だってシーハーツの人しか使えないんだから」
「………。そうだな」
集めた棒切れを積み重ねて作った焚き火にあたりながら、そんな風に会話をする。
二人が座っている地面は、すでに水溜りができていた。





「…あ、そうだ。はい」
男の子が、先ほど一悶着あったがようやく取り戻せた手袋を女の子に差し出した。
「あ。…ありがとう」
笑って、女の子が受けとる。
女の子はやっと自分の手元に戻ってきた小さな黒い手袋を、大事そうに胸の前で抱きしめた。





気づけば、太陽が空の真ん中を通り過ぎていた。
川の近くに来たのが昼前だったから、当然と言えば当然だった。
ちょうど陽射しが一番暖かい時間で、肌寒かった体に心地よかった。
春らしいぽかぽかとした陽射しを背中に受けて座っていると、先ほどまで感じなかった疲れがどっと出てきた。
何ともいえない気だるさが体にのしかかってくる。
「なんか疲れた…」
「俺も疲れた…眠ぃ」
ふわわ、と男の子が欠伸をすると、つられるように女の子も欠伸する。
「なんか、水に入ると疲れるのかなぁ…。前みんなで海に行って泳いだ時も、こんな感じだった」
「へぇ、海?」
「うん。夏は気持ちいいよ、冷たくて」
さすがに春はちょっと寒いけど、と付け足す女の子の口調は、もうすでに眠いと訴えている。
女の子は眠気に負けて、こてんと横になる。
少しも経たない内に、寝息を立て始めた。
男の子は少し驚いて、そして苦笑いをひとつ零した。
橋の欄干にかけっぱなしになっていた女の子のコートを持ってきて、眠っている女の子にかけてやる。
男の子の服は、女の子の施術のおかげで少し湿っている程度までは乾いていた。
女の子の服も大差ないだろう。
これならなんとか風邪ひかないかな、と男の子は判断して、襲い掛かってくる眠気に負けたように目を閉じた。





NEXT.