※連載物第三話です。話がわからない方は25.風ふく街から読んでくださいマセ。 「かくれんぼ!」 「宝探し!」 とある村のとある噴水の前で。 小さな男の子と、小さな女の子の声が、同時に響いた。 宝物 同時に声を発した二人の子供は、顔を見合わせる。 かくれんぼ、と言った男の子が、先に口を開いた。 「…宝探し?」 「うん。どっちかがこの村の中に宝物を隠すの。それで、どっちかがそれを探す遊びだよ」 宝探し、と言った女の子がそれを説明した。 男の子はふぅんと頷いて、少し考える。 「かくれんぼにちょっと似てるな」 「そうだね。見つけるものは違うけど」 「じゃ、それやるかー」 軽く答えた男の子に、女の子が少し驚く。 「えっ、かくれんぼはいいの?」 「いーよ。宝探しのほうが楽しそうだし」 「でもアルベルはかくれんぼもやりたかったんでしょ?」 アルベル、と呼ばれた男の子は苦笑いをする。 「いーって。明日でもできるしさ」 「…そう?」 譲ってもらったことに少し罪悪感を感じているのか、申し訳なさそうな顔になった女の子がつぶやく。 そんな女の子の様子には気づかずに、男の子が口を開く。 「宝物って何にすんの?ネル何か持ってる?」 ネルと呼ばれた少女は、にぃ、と嬉しそうに笑って答える。 「うん。あるよ」 「へぇ?どんなの?」 宝物って言うくらいだから宝石とか?と聞いてくる男の子に、女の子は、 「内緒!見つけてのおたのしみだよ」 人差し指を口元に当てて答えた。 「とか言われて気にならないはずねぇのに」 がさがさ。 茂みを揺らしながら男の子がつぶやいた。 「それ以前に、内緒じゃ何見つけていいかもわかんねぇじゃんか」 がさがさ。 自分の背丈よりも少し低めの木を掻き分けて、茂みの奥へ奥へと進みながら男の子がまたつぶやいた。 「それなのに探してる俺ってなんなんだろなーまぁおもしろいからいいけど」 がさがさ。がさっ。 掻き分けた茂みの先に、行き止まりを示す大きな壁が現れて。 ここもハズレかーと男の子がまたつぶやいた。 ついさっきまで男の子と一緒にいた女の子は。 「じゃあ、私が先に隠してくるね」 そう言って、くるりと男の子に背を向けてぱたぱたと走っていってしまった。 「え!?おい、何を探せばいいんだよ!」 何も詳しいことを聞いていなくて、慌てて声をかける男の子に、女の子は少し走って立ち止まって振り返り。 「じゃあヒントね。茶色の箱に入れて、この村のどこかに隠しておくから」 そう言って、女の子はまた前を向いて走って行ってしまった。 百数えたら、探しにきてね。 そう、ひとつ言い残して。 そして男の子は。 「茶色茶色ちゃいろチャイロー」 まるで怪しげな呪文を唱えているかのようにぶつぶつと同じ言葉を呟きながら。 「箱箱箱はこハコー茶色ー箱ー」 時には先ほどのように茂みをがさがさ掻き分けたり、空を仰いで木の上に目を凝らしたり、裏道を見つけてひょいと入ってみたりして。 のんびりゆっくり、彼のペースで宝探しを続行していた。 無計画に手当たり次第探しているように見えて、きちんと一度来たところを覚えていたりする。 と、言うより、 「なーんでネルまでいなくなるかな―――」 宝物を隠した当の女の子が、百数えても戻っては来なかったから。 一応、数え終えてしばらく待ってみたけど戻ってこなかったから。 だから、しらみつぶしに探すのが一番手っ取り早いだろうと判断したのだった。 「ヒントなけりゃキツイっての、この村結構広いんだから―――」 何か助言を請おうにも、仕掛け人である当の彼女までいなくなっては話にならない。 愚痴とも独り言ともとれる言葉を呟きながら、男の子は無造作に立てかけられている板をひょいとどかして裏を見る。 「…結局は自分で見つけろってことなんかな―――お?」 男の子は自分でそう結論を出して、そして"何か"を見つけた。 彼が見つけたのは、小さな、"茶色い箱"。 「これだよな。てかコレじゃなかったら俺へこむ」 そんなことを呟きながら、男の子が地面に置いてある茶色の箱の傍にしゃがみこんだ。 その箱はどこにでもありそうな小さな木箱で、板をどけた先の芝生の上に置かれていた。 箱には鍵も何もついておらず、簡単に開いた。 「…。紙?」 中に入っていたのは、一枚の白い紙。 綺麗に三つに折りたたまれていて、こんな箱に入っていなければ手紙か何かと勘違いしてしまいそうだった。 「…なに、これが宝物?なんで?」 頭の上に疑問符を浮かべながら、男の子は箱の中の紙を取って、中を見る。 たからものはわたしが持っています。 こんどはわたしを見つけてください。 でも、かんたんには見つけられないから、がんばってね。 書いてある文字はほぼすべて平仮名。 誰が見ても、子供が書いたとわかる文面。 でも、子供にしては綺麗で読みやすい、整った字。 「…わたしを見つけてください、って、それかくれんぼじゃねぇの…?」 呟いて、そしてはたと気づく。 「…あいつ、かくれんぼ後回しにしたの気にしてる…?」 自分が提案して、あっさりと自分で却下したかくれんぼ。 やりたくなかったわけじゃなかったけど、ネルが提案した遊びのほうが楽しそうだったから。 だから、そっちを優先した。 それだけなのに。 「…うわー。イイ奴」 笑って笑顔でそう呟いて。 彼は第二ラウンドを迎えた宝探し、もといかくれんぼを再開した。 村を歩いている男の子の足取りは、先ほどにくらべてかなり軽かった。 さっきと違って、探すものは決まっている。 それに、"探すもの"は目立たなくて小さな箱と違って、すぐにわかる。 男の子はそんなことを考えながら道を歩いていた。 「簡単には見つけられない、か。いいじゃねぇか。見つけてやろーじゃん」 男の子はにやりといたずらっぽく笑い、まだ捜していない村の西側へと足を向けた。 彼が背を向けている、彼がすでに探し終えていた範囲。 建物の間と間の裏路地で、紅いものが翻って走り去っていったのを。 背を向けている彼はもちろん気づかなかった。 「よし、気づいてない気づいてない」 背を向けて、自分がいるところとは逆方向へ歩いていった男の子を見て、女の子がいたずらっぽく笑って言った。 かくれんぼは、得意だ。 見つからないよう、音を立てずに声を出さずに、息すらも殺してじっとしている。 そういった、普通の子供ではできないことが、女の子は得意だった。 「さぁて、どこに隠れようかな」 いくら得意でも、すぐに見つかるような場所にいては話にならない。 男の子が戻ってこないうちに良さそうな場所を探そうと、あたりをきょろきょろ見回す。 と、町外れに大きな一本の木を見つけた。 女の子が横に立つと、女の子の体が反対側から見えないくらいの太さだった。 さらに丁度いいことに、木の根元は茂みになっていて隠れやすい。 「これがいいかな」 女の子はそう言って、茂みを掻き分けて木の裏に回り、腰を下ろした。 女の子がそこに隠れて、しばらく経って。 茂みの隙間からそっと外を覗いていた女の子の視界に、見慣れた男の子が映った。 周りを見ながら歩いている、女の子と同じ年くらいの男の子。 葉っぱの隙間から覗いている女の子に気づいた様子はなく、上を見たり下を見たり、時には立ち止まって周りを見回したりしながら。 少し困ったような顔で女の子を探していた。 女の子はそんな男の子を、わくわくしたような目で見ていた。 見つけて欲しくないけど見つけて欲しい。 そんな矛盾したことを考えながら、いろいろなところを捜し歩いている男の子を、女の子は楽しそうに見ていた。 しばらくして、男の子は女の子が隠れている木にゆっくり近づいてきた。 女の子は息を殺して、その場から動かずにいた。 無闇に動くと葉擦れの音で気づかれてしまうかもしれない。 不意に。 男の子が、女の子が覗いている茂みのほうに目を遣った。 (うわ!) 一瞬。 目が、合ったような気がして。 女の子は硬直する。 が、それは気のせいだったようで、男の子は何事もなかったかのように違うほうへ歩いていってしまった。 男の子の足音が小さくなっていって、女の子はほっと息をつく。 「びっくりしたぁ…見つかっちゃったかと思った」 小さな声でそうつぶやいて、女の子は男の子がどこに行ったか探すために、茂みの隙間からほんの少し顔をずらす。 角度を変えて見ても、男の子の姿は見当たらない。 柔らかい草の上にぺたんと座ったまま、なんとかやり過ごせたかな、と安心する。 がさっ! 「…!?」 急に、自分が今いる茂みから少し離れた茂みが不自然に揺れた。 女の子はびくりと肩を跳ね上げる。 恐る恐る隙間から覗く。が、音の鳴った茂みのほうに、人影はない。 「?」 女の子が不思議そうな顔をすると、そこには一匹の小さな子猫がいた。 なぁんだ子猫かぁ、と女の子がほっと息をついた時、 「みーつけたっ!」 聞き慣れた声が後ろから聞こえて。 同時に、何かが背中に抱き付いてきた。 「うわわぁっ!」 思わず女の子はひっくり返った声をあげる。 慌てて後ろを振り向くと、さっき別の場所へ行ったと思っていた男の子の笑顔が視界に飛び込んできた。 「へへ。やっと見つけた」 いたずらっぽく笑う男の子に、女の子は振り向いた体勢のままむぅ、と口を尖らせる。 「…あーあ、見つかっちゃった」 そう言って女の子が不満げな顔をすると、男の子は女の子から手を離しながら得意そうに笑う。 「私かくれんぼで隠れるの得意だったのになぁ」 「俺はかくれんぼで見つけるの苦手だったけどな」 「でも、すぐに見つけてくれたじゃない?」 「頑張った」 真剣な顔をして言った男の子に、女の子は笑って。 それにつられるようにして男の子も笑った。 「で。宝物ってなんだったの?」 「え?」 茂みに二人して座り込んだまま、女の子が驚いたように振り向いた。 男の子はなんで驚くの?と首をかしげながら言う。 「だって、"宝物は私が持って持っています"って書いてたじゃん。そろそろ教えろよ気になるだろ」 「あぁ、あれね」 女の子は納得したように頷いて、来ていた薄いコートの右ポケットから、何かを取り出した。 「これだよ」 差し出されたそれは、黒くて小さい何か。 てっきり宝石とか、そういった類の物かと思っていた男の子は少し不思議そうな顔をする。 「えー?これって…。…。…?」 男の子がそれを手にとって見る。 見ながら、何かに気づいた。 そんな男の子を見て、女の子が楽しそうに笑う。 女の子が取り出した、"宝物"は。 「…これ…俺の、手袋?」 片方だけの、黒い、小さな手袋。 「そう!私の宝物、だよ」 嬉しそうに笑う女の子に、男の子が首を傾ぐ。 「何で今持ってたの」 「えっとね、コートのポケットの中に入れっぱなしだったみたい。今日の朝気づいて私もびっくりしたんだよ」 「へぇ…、でも、なんでこれが宝物なんだよ?」 心底不思議そうに尋ねた男の子に、女の子は答えた。 「だってアルベルがはじめて私にくれたんだもん」 大切でしょ? 女の子がそう言って。 男の子がぽかんとして固まって。 それを見て女の子が小首を傾げて。 男の子が元に戻ってすぐ、苦笑する。 「なんか…」 「え、何?」 「あー。いや、なんでもない。そろそろ帰ろ」 男の子は何かを言いかけてそして途中で止めて立ち上がった。 女の子も、男の子が言いかけた言葉を疑問に思いながら立ち上がる。 服の裾についた草をぱさぱさ払いながら、二人並んで宿屋へ向かった。 「アルベルって、何か言いかけて結局言わないことが多いね。癖なの?」 帰り道、唐突に女の子が言った。 男の子は、急に言われて驚いた、と微妙に図星を突かれた、の中間くらいの表情で女の子を見やる。 「そう?」 「うん。なんか、そういうの多い気がする」 いつも通り並んで歩いていると、男の子がバツの悪そうに苦笑いした。 「さっきもそうだったよね。なんて言おうとしてたの?」 女の子が何気なく問いかける。 「………」 「あ、言いたくなかったらいいけど」 押し黙った男の子に、慌てて女の子が付け加えた。 「んー。いや、ただ、お前と俺ってなんか考えること似てるなって」 「へ?」 男の子の言った言葉の意味が汲めず、女の子が短く聞き返す。 「おんなじ様なこと考えるんだなぁって思っただけ」 「何のこと?」 女の子が再度尋ねて、男の子が少し困ったように笑った。 照れくさそうに後ろ頭を掻いて。口を開く。 「あのさ、前アーリグリフで会ったとき、お前俺に飴くれただろ?」 「え?うん」 女の子が頷く。 「あれ、わたしも大好きな飴なんだ。美味しかったでしょ?」 男の子は何も言わず、首を横に振った。 女の子が不思議そうに目を見開く。 相変わらずゆったりと歩きながら、男の子が続ける。 「まだ、食べてない」 「えぇっ?」 意外そうに声を上げた女の子に、男の子はまた苦笑いを零す。 「どうして?絶対美味しいのに。飴とか嫌いだった?」 「…、そういうんじゃ、なくてさ」 苦笑いのまま、男の子が答えた。 「もったいなくてさ。食べられなかったんだ」 「え」 「はじめてネルが俺にくれたものだったから」 大切、だったから。 そう言って。 ぽかんとしている女の子から、照れくさそうに視線をはずして。 「じゃあな!また明日!」 男の子は昨日と同じように、先に宿屋へ駆けていった。 「え!?あ、ちょっとぉ!ずるいよまた言い逃げして〜!」 後ろから不満げな声が聞こえてくるのを耳にして、男の子は我知らず笑った。 あの時の私の、宝物。 今でも、大切な宝物だよ。 不思議だね。 初対面だったのに。 お互い名前も知らなかったのに。 あんたのくれたものを、無条件に宝物と思うなんて。 …そして、あんたも同じようなことを思ってたなんて。 今のあんたはどうなのかな? 大切に、してくれてるのかな? 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