「えーっと、次は何を入れるんだったかしら?」
「卵二個…卵白のみ、ですね」
「…えっ、卵の黄身と白身なんてどうやって分けるの?」
「専用の機械もないようですし、自分でやるしかなさそうですね」
「…できるかしら…。でも、やるしかないわねぇ」



ディプロの一室。
何やら甘い香りが漂うキッチンに、青い髪の少女と、金髪の女性がいた。





Today, it is Santa that all is all!! -Cliff*Mirage&Liber*Maria-





創造主を倒して、クォークが解散してからも彼女らはちょくちょく会っていた。
特に、本当の親子のような関係である彼女らは特に。
今日は地球から広まったイベントをみんなでやろうということになって、大体いつものメンバーがディプロに集まっていた。
クリスマスに作る、甘い香りの物…といえば、想像がつくだろう。



「…あっ、卵白と卵黄が混ざっちゃったわ…」
「大丈夫ですよ、後から生地に使えます」
「そ、そう、なら良かったわ。材料はできるだけ無駄にしたくないし、いい練習になったと思って次頑張ればいいわよね」
「そうですね。せっかくお手製で作るんですし」
「そうよ、私達の手で作るケーキだもの!次は失敗しないようにしなきゃ」



彼女らは、このパーティのケーキを自分で作っていた。
やりだしたのは青髪の彼女で、その手伝いをすると言ったのが金髪の彼女。
彼女らはもうかれこれ三時間も、キッチンに篭って試行錯誤していた。





「…あのー、リーダー、何か手伝いましょうか?」
途中、象牙色の髪の彼がおずおずと声をかけるも、
「いえ、結構よ。…それと、私はもうリーダーじゃないわよリーベル」
青髪の彼女がそう言って断った。
「あっ、失礼しました、えっと…」
「マリアと呼んでくれて構わないわよ?もう、前も同じこと言ったじゃない」
「あ、はい、すみません」
象牙色の髪の彼はそう言って退散する。
その彼の後姿を見ながら、
「…彼もどうやら楽しみにしてくれてるようだし、頑張らなきゃね」
何やら張り切っている青髪の彼女に、
「ええ。そうですね」
金髪の彼女はにっこりと微笑んで、作業を開始した。





キッチンでそんな会話が交わされているとは露知らず。
象牙色の髪の彼は、難しい顔をして通路を歩いていた。
キッチンのすぐ隣の、ある部屋の前で立ち止まる。ドアはロックがかかっておらず、自然に開いた。
「よぅ、どうだった?」
部屋の中にいたのは、体格の良い金髪の男性。
象牙色の髪の彼は曖昧に笑って部屋に入り、答える。
「…聞こえてきた会話からすると、そんなに上手くはいってないみたいです」
「あー…。やっぱりな。あいつの料理下手は今に始まったことじゃねぇからなぁ…」
がしがしと後ろ頭を掻きながら、金髪の彼が言った。
それに反論するように、象牙色の髪の彼が言った。
「でも、前貰った料理は食べられないほどではなかったですよ?そりゃ、かなりキテレツな味でしたけど」
「…そーいやぁお前、マリアの料理食って顔ひきつらせながら"美味しいです"って蚊の鳴くような声で言ってたっけなぁ」
心当たりがあるのか、苦笑して金髪の彼が言う。
「でも、ミラージュ女史がついてますし…。今回は死んだ婆さんや昔飼ってたクロを川の向こうで見なくても良さそうですよね」
そう言って苦笑いをした象牙色の髪の彼に、金髪の彼はさらに複雑そうな顔をしてこう告げた。
「いや、そうでもないんだな、これが」
「え?」
何がですか?と訊く象牙色の髪の彼に、
「…実はな。俺、ミラージュの作った菓子類食べたことねぇんだよ」
「…えええええぇぇぇっ!?」
目を丸くして象牙色の髪の彼は叫ぶ。
「…もー見るからに夫婦としか言いようがなくて実はとっくに籍を入れてるんじゃとか噂されてて公式設定資料集にまで恋人以上とか書かれたミラージュ女史の料理を、ですかッ!?」
「…あぁ、マジだ」
「ど、どどどどうして」
「あいつ、自分から菓子作りしようって性格じゃねぇからなぁ…」
「つ、ついでに、ミラージュ女史の料理スキルレベルは…」
「…知らねぇ…」
二人の間に、嫌な空気が流れた。





「…ど、どうしましょう…。会話からすると、まだできるのは当分後みたいでしたけど…」
「どうしましょう、っつったって…腹くくるしかねぇだろうが」
そんな会話をしていた彼らの耳に、何かが聞こえてきた。



ドゴッ!ぶんっ!バシッ!



「…あぁ、もうっ!どうしてこんなに硬いのよっ!」
「落ち着いてください、マリア。パイナップルの皮は硬くて当然ですよ」
「…じゃあ、どうするのよ?」
「こうするんですよ」



びゅんっ!がっ!…バキィッ!!



「あらすごいわね、真っ二つだわ」
「それほどでも。さぁ、この調子でどんどん材料を"切って"いきましょう」
「そうね、早いところ済ませないとね」



「「……………………………」」



二人は揃って沈黙する。



「…俺、医務室から胃薬貰ってきます」
「…悪ぃ、俺用にも頼むわ」
「了解…」





時間というものは、待つ身になるととことん進むのが遅いくせに、嫌なことほどすぐに進んでしまうものだ。
さっきはまだ果物を切る段階だったのに、気がつけばもうオーブンで何かを焼く音が聞こえてくる。
象牙色の髪の彼は、自分に残された残り少ない時間(笑)を満喫する気にもなれず、そのまま金髪の彼の部屋でぼぉっとしていた。



「あぁっ…オーブンが焼き終わる、チン★という音が聞こえましたね…」
「そうだな…。なんか俺には仏壇の鈴の音に聞こえたぜ…」



「きゃーっ、いい焼き上がり!」
「これなら上出来だと思いますよ、マリア」
「そうね。さぁ、さっそくデコレーションしましょ!」



「…クリフさん。そろそろですね」



「…なかなか難しいわね…」
「結構よくできていると思いますが?」
「あ、あらそうかしら?」
「料理は"見た目"じゃありませんし」



「…そうだな、リーベル…」



「…果物を並べて…っと、完成だわ!」
「早速皆に持っていきましょうか?」
「勿論よ!」



あぁ…天国へのカウントダウンが始まった…。
どこぞの探偵漫画の映画のタイトルのパクリのようなセリフを、彼らは心の中で呟いた。





シュン!
唐突に部屋の扉が開く。
そこに立っていたのは、水色の三角巾に水色のエプロン、そして手にお盆を持った青髪の彼女。
そして、後ろに立っている、灰色の三角巾と同じ色のエプロンを身につけた、金髪の彼女。
「リーベル、いる!?出来たわよ!」
青髪の彼女の弾んだ声に、部屋の中にいた彼らはびくぅと肩を跳ね上げた。
「あら、何をそんなに驚いているのです?」
金髪の彼女が言った台詞に、彼らは曖昧に笑って誤魔化す。
「…? 変な人たちね。まぁそれはともかくとして…お待たせ、完成したわよ」
そう言って笑顔で青髪の彼女が差し出してきた皿の上には。
「「…………………………」」
…なんとも形容しがたい、面妖な形に飾られたケーキ。
スポンジの形はまだ原型を留めているが、生クリームがちょっと異様な形だった。
その上に載っている苺も、微妙にだが潰れている…ように見える。
「…あ、ありがとうございます」
反射的に受け取ってしまったのは、象牙色の髪の彼。
「食べてみて?」
そう言われては食べないわけにもいかず。
「…な、なぁミラージュ?そういえば、お前の料理スキルレベルってどのくらいだったか?」
金髪の彼女はにっこりと笑って、
「さぁ?DC版が発売されていないので今のところはわかりません」
それって自分でも理解してないのかよ!?
金髪の彼は心の中で激しく突っ込んだ。
「あら、食べるのが心配なの?大丈夫よ、味見はちゃんとしたわ」
前、それで安心して食べて三途の川を見たんですって!
今度は象牙色の髪の彼が突っ込む。
一瞬、沈黙が流れて。



「…食べましょうか」
「…食べるか」
覚悟を決めたらしく。
二人はフォークを手に取った。
彼女らは彼らの反応を心待ちにするように眺めている。
彼らはゆっくりと顔を見合わせて。
「「(せーのっ!)」」
無言で合図を交わして、同時にフォークを口に入れた。





「…美味しい……」
口に入れたケーキをもぐもぐと噛みながら。
象牙色の髪の彼はぽつりとつぶやいた。
「! ホント!?」
青髪の彼女が詰め寄るように聞き返す。
「は、はい。美味しいですよ、リーダー!」
二口目に手をつけながら、象牙色の髪の彼が明るい口調で言った。
青髪の彼女も表情を明るくさせる。
「ありがとう!…でも、私はマリアでいいって言ってるのに」
「あ…そうでした」
象牙色の髪の彼が苦笑して、
「まぁ、まだ慣れないでしょうけどね」
青髪の彼女が微笑む。





そんなちょっといい感じな二人を見ながら、
「…お前、菓子作りも上手かったんだな」
金髪の彼が金髪の彼女に言った。
「失礼ですね。そんなに下手そうに見えました?」
「いや…だってお前が菓子類作ってんの見たことなかったしよ。普通の料理なら何度も食った事あったけどな」
苦笑する金髪の彼に、金髪の彼女は微笑みながら口を開いた。
「…腕の方はともかく…口に合っていれば幸いなのですが」
「へ?」
目を丸くする金髪の彼に、金髪の彼女は少し気まずげに金髪の彼の持っている皿を指差した。
金髪の彼はあぁ、と納得して、にかりと笑って答える。
「めちゃくちゃ美味いぜ!こんなに美味いケーキ食ったのは久々だ」
その答えに、金髪の彼女もほっとした様子で微笑む。





「あ!そういえば」
ケーキをもう半分以上平らげている象牙色の髪の彼が、何かを思い出したように口を開く。
「なぁに?」
その食べっぷりを嬉しそうに眺めていた青髪の彼女が訊く。
「リーダー…じゃなくて、マリアさんに何かお礼をしないと…」
「え、いいわよそんなの。ケーキはみんなに食べてもらおうと思って作ったんだし…」
「…でも、一番初めに俺のとこに持ってきてくれましたよね?」
「…えっ」
思わず青髪の彼女が詰まる。



…だって。



「…私の料理を美味しいって言ってくれた、初めての人だったから」
「え?」
「なんでもないわ」
青髪の彼女はそう答えて、そしてさらに口を開いた。
「それにね。私はもう十分にお返しを貰ってるから」
「…はい?」
何のことです?と首を傾げる彼に、青髪の彼女は微笑んで、答えた。



「"美味しい"って言ってくれただけで、女の子は十分なのよ?」





「おーおー。マリアも言うようになったもんだ」
ついさっきまで金髪の彼女と談笑していた金髪の彼が冷やかすようにつぶやく。
青髪の彼女は金髪の彼の台詞に気づいた様子もなく、だからお返しはいいのよ、と象牙色の髪の彼に言っていた。
「彼女も、大分女の子らしくなってきましたね」
くすりと微笑み、金髪の彼女が言う。
「だな。…ところで、お前、いつの間にあんなに菓子作りが上達してたんだ?」
「え?」
「だからよ、お前がケーキだのクッキーだの菓子作ってるとこなんてまったく見たことねーしよ」
不思議そうに言う金髪の彼に、金髪の彼女はいつもと変わらぬ笑みを湛えたまま、



「女は度胸、料理は愛情、人生は博打。ですよ」



「…するってーと、お前、まさか…」
やや青ざめた表情で、金髪の彼が訊く。
「えぇ。お菓子作りは今もそれほど得意ではありません」
さらりと答えた金髪の彼女を見ながら、金髪の彼はやや肩を落とし気味に安堵のため息をついた。
「…俺、よく生きてたな…」
「失礼ですね。いくらなんでも死にはしませんよ」
「いや…とあるヤツ等が作ったトンデモケーキを食べて死にかけた奴を一人知ってるからな…」
「何か言いましたか?」
いいや何も、と金髪の彼は即座に答える。





「そういや、リーベルの奴の意見に便乗するわけじゃねぇが…」
「何ですか?」
「お礼。なんか欲しいもんでもあるか?」
「え?」
彼女は一瞬驚き、そしてくす、と笑って。
「そうですね…じゃあ、」
「お?何だ?」
「私、今回を機にお菓子作りだけじゃなく、料理の腕を上達させたいと思っているんですよ」
「…は?」
「作るだけじゃ、上達しませんよね?ですから、味見をして的確なアドバイスをして下さる方が必要なのですけど」
にっこり。と微笑みながら言う金髪の彼女を見て。
「…それなら、ちょうど良いのが目の前にいるじゃねぇか」
にかりと笑って金髪の彼が答える。
金髪の彼女も満足そうに微笑み、
「そうですね。…では、お願いしましょうか」
「よっしゃ、任せとけ!んじゃぁさっそく、今日の夕食とかどうだ?ばっちり味見してやるぜ」
「何か食べたいものでもありますか?簡単な物なら」
「そうだな、それじゃ――――」





青髪の、料理が苦手なサンタが贈ったのは、見た目は悪いけど中身はとてもとても美味しいケーキ。
象牙色の髪のサンタが無意識に贈ったのは、製作者にとって最高の褒め言葉。



金髪を三つ編みにしたサンタが贈ったのは、その日の夕食のテーブルに並んだ、作り方は簡単だが、豪華で豪快な特性の料理。
金髪の、マッチョなサンタが贈ったのは、料理のちょうど良い味見役。…てーかそれって実験体?

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