※先に46.敵?味方?、03.憎しみを読んでいただくと話がわかりやすいかと。
「ネルさんがいてくれると、安心して戦闘できるんですよね」
戦闘終了後。
赤毛の彼女が怪我をした仲間の回復をしている時、青髪の少年が唐突にそう言った。
「え?」
「ほら、ネルさんって常に皆の状況を把握して、その状況に応じた最良の行動とってくれますから」
「あぁ、確かにそうだな。敵に囲まれた時は黒鷹旋飛ばして助太刀してくれるし、ヤバい時にはすぐに回復してくれるしな」
「判断力に長けてるわよね。パーティに入って間もない私ですらそう思うもの」
「…そうかな?私は自分に出来る事をしてるだけだよ」
赤毛の彼女の言葉に、青髪の少年は笑顔で答える。
「それが安心できるんですよ。なんか、信頼できるっていうか、安心して補助を任せられるっていうか」
「そう?…でも、それは私だって同じさ。信頼できるから、仲間がいるから安心して補助に回れるんだ。もし私が回復呪文を詠唱しようとしたところで、敵に邪魔されたらお終いだろう?お互い様だよ」
「て、ことは、ヒーリングかけてくれるってことは、仲間だって、信頼してくれてるっていう証ってことですか?」
「あぁ、そうかもしれないね」
「あはは、じゃあ、これからも回復と補助、よろしくお願いしますね。信頼してますから」
青髪の少年がそう言って笑う。
つられるように、赤毛の彼女も微笑んだ。
「あぁ」
「…でも、同じ回復呪文使えるのに、アルベルはぜーんぜん回復してくんないよね」
十分に声が聞こえるはずの距離に居たにも関わらず今の会話に入ってこようとせず、一歩間を空けて最後尾を歩いている黒と金の髪の彼に聞こえるように。
青髪の少年は心持ち大きな声でそう言った。
黒と金の髪の彼は、億劫そうに視線を青髪の少年へと向ける。
「せっかく数限られたスキルブックあげたのに、ちょっとは活用してよ、回復呪文。お前、戦闘後にたまーに回復してくれるだけだろ?しかも必要最低限でしか使ってないし」
「…俺は前衛メンバーなんだから、戦闘中回復ばかりにかまけてるわけにいかねぇだろうが」
「そうだけどさー」
上手く切り返されて、青髪の少年は苦笑する。
「お前だって前衛にいる時はまず補助より攻撃してんじゃねぇか」
「まぁね。でも」
青髪の少年は頭の後ろで手を組みながら。
上半身だけ振り向いて、口を開く。
「アルベル、前に比べて頻繁に回復してくれるようになったよね」
「………」
押し黙る黒と金の髪の彼を気にした様子も無く、青髪の少年はさらに続ける。
「だってパーティに入った当初なんてさ、一日一回ヒーリングしてくれたらマシだっただろ?それに比べて、今は精神力が減って自力で回復できない仲間には必ず回復かけてくれるじゃん」
「気の所為じゃねぇか?」
「んーん、んなことない。僕だって何回かそれに助けられたしさ」
「………」
「だって回復してくれるってことは、自分の精神力削って他人の怪我治してくれるってことだろ?仲間って思ってくれることの証だよね?」
また押し黙る彼に、青髪の少年が笑いながら言った。
「前よりは、パーティに入った当初よりは、僕らの事信頼してくれるようになった?仲間って、認めてくれるようになったのかな?」
黒と金の髪の彼は一瞬だけ目を見開いて。
少し考えて、答えた。
「…さぁな」
素っ気無く返される答えに、青髪の少年が苦笑する。
「でも回復してくれるようになったってことはさ、少なくとも敵とは思ってないよね」
「どうだろうな」
「はぐらかすの好きだね。でも僕はアルベルのこと仲間だって思ってるよ?少なくとも、最初よりは」
「あぁそりゃどうも」
「うーわーココロこもってなーい、ていうか全然嬉しそうじゃないー」
「言ってろ」
テンポ良く会話を交わす二人の間には、仲間になった当初のぎすぎすした空気はカケラもなく。
二人を見ている周囲の視線も、微笑ましく和やかで。
彼は、いつの間にかこのパーティに溶け込むように自然な存在になっていた。
いつの間にかいることが"自然"で、"当たり前"になってきた、彼の存在に。
黒と金の髪の彼は少なからず驚いていた。
今まで人と馴れ合う事を極力避けていた自分が、他人と同じ空間にいる事が自然になるほど溶け込んでいるという事実に。
他人の事を、自分の損得をそれほど気にせず気遣うようになったことに。
自分の事を、"仲間"だとあっさりと言ってのける人間がいることに。
そして、それを疎ましく思っていない、自分自身に。
彼は少なからず驚いていた。
赤毛の彼女も同じく、驚いていた。
今まで人と馴れ合う事を極力避けていた彼が、他人と同じ空間にいる事が自然になるほど溶け込んでいるという事実に。
彼の事を、"仲間"だとあっさりと言ってのける人間がいることに。
そして、それを疎ましく思っていない、自分自身に。
彼女も少なからず驚いていた。
奇しくも同じような事を考えていた、二人が。
何気なくお互いを向いて。
目が、合った。
それは一瞬の出来事で、すぐにお互いの視線が逸らされる。
素っ気無いその様子を偶然にも見ていた青髪の彼が、肩をすくめて苦笑して。
「…ありゃりゃ。素っ気無いなぁ二人とも」
その呟きは当の本人達に聞こえていたのかは分からないが、二人は何も反応を返さない。
反応を返したのは、青髪の彼の隣を歩いていた青髪の少女。
「まぁ、無理もないわね。彼がパーティに入った当初よりは幾分か雰囲気も和らいでると思うけど」
「だよねー…だってネルさん僕らにはよく回復してくれるけどアルベルに対しては必要最低限だし」
「アルベルもそうよね。他に回復できる人がいない時渋々、って感じだし」
彼らの話している通り、黒と金の髪の彼と赤毛の彼女の相手に対する態度は素っ気無いものだった。
戦闘中に何気なく相手を補佐することはあっても、それは他の仲間に対する態度とはまったく別物で。
どちらかが相手を助けることがあっても、
「…これで一つ借りが増えたね」
「何言ってやがる、これでチャラになっただけだろう?」
そう、不敵に会話を交わすだけだった。
味方だから、仲間だから。そういった理由で手助けしている様子はない。
加えて彼は滅多に彼女に回復呪文をかけなかったし、彼女もまた然りだった。
いがみ合っているようには見えないが、信頼しあっているようにも見えない。
「………やっぱ元敵国同士ってのは色々あるだろうし、まだ仲間だって思えないのかな?二人とも」
ぽつりとそう呟いた声。
青髪の少年少女は声を潜めていたが。
小さいその声に、今まさに話題に上っていたその二人の表情がほんの一瞬だけ止まったのは気のせいではなかったかもしれない。
ヒーリング。
そんな会話が交わされてから、しばらくしてからの事だった。
その日はクロセルを従える為バール山脈を登っていた。
飛竜の多い険しい山道を通り、遺跡を抜け、溶岩の煮えたぎる溶岩洞を歩いていた時の、戦闘中。
赤毛の彼女はやや後方に位置した場所で、施術または黒鷹旋のような飛び道具で仲間の補助をしていた。
いつも通り仲間の状態を確認しつつ、必要とあらば攻撃して補助をしていた赤毛の彼女の目に、
「!」
いつの間に怪我をしたのか、額からどくどくと紅い血を流している黒と金の髪の彼が映る。
当の本人はそれを気にした風もなく戦闘を続けていた。
赤毛の彼女は無意識に歯噛みする。
魔物に攻撃されたのか吹き飛ばされてぶつけたのかは知らないが、頭の怪我は甘く見てはいけないということを赤毛の彼女は十分に理解していた。
無論それは黒と金の髪の彼も同じだろう。だが彼は気にした様子もない。
赤毛の彼女は呆れながら、だが素早く回復呪文の詠唱を始める。
詠唱している間も彼の血は止まる気配を見せない。
心持ち焦りながら、だが彼女は確実に詠唱を続ける。
やがて詠唱は完了し、彼女は短く鋭く息を吸って呪文を唱えた。
「ヒーリング!」
黒と金の髪の彼に向けられた彼女の手のひらから、施術の淡い光が同心円状に放たれ、次の瞬間には彼の怪我が癒される。
それを確認して、ほっと一息ついた彼女の背後に、
「!」
嫌な気配を感じて彼女は振り向いた。
火に包まれた魔物が、火を噴こうと構えているのが見える。
彼女は咄嗟に身を捻って魔物から飛び退ったが、その前に炎が彼女に襲い掛かる。
反射的に目を庇って腕で顔を覆う。直撃は辛うじて避けられたものの、避け切れなかった右肩に熱い痛みが走った。
一瞬彼女は顔をしかめる。魔物はまだ容赦なく波状的に炎を吐き出そうとしていた。
避けなければ。彼女がそう思ったとき、
「衝裂破!」
いつの間に距離を詰めていたのか、黒と金の髪の彼が魔物を吹き飛ばした。
彼女は一瞬驚いたものの、まだ魔物が息絶えていない事を確認して素早く構える。
「黒鷹旋!」
「剛魔掌!」
二人の連続した攻撃で魔物が息絶える。
その頃にはもう他の皆も魔物を倒し終えていて、既に戦闘は終了していた。
「阿呆か、お前は」
彼の口からそんなおなじみの台詞が発せられたのは、戦闘終了後、一休みする為にバール遺跡まで戻ってすぐだった。
仲間達から声が聞こえない程度の距離があり、彼の声に気づいたのは声をかけられた彼女のみだった。
眉を顰めた彼女は、半眼になって彼を睨みつけた。
開口一番こんな事を言われれば、彼女でなくてもむっとするだろう。
「なんだって?」
「阿呆だと言ったんだ、お前が」
「…私はあんたなんかに阿呆呼ばわりされる覚えはないんだけどね」
静かなその声が、抑揚のないその調子が、逆に彼女が苛立っている事を表していた。
彼はそれに気づいているだろうが、気にする風もなく口を開く。
「―――さっきの戦闘。後回しでも良い俺の怪我を回復するために自分が攻撃されてどうすんだ」
彼のその台詞は彼女にとって意外だったようで、紫の瞳が軽く見開かれた。
「お前は戦闘時の判断に長けてるんじゃなかったのか」
「判断に長けてるかどうかなんてわからないさ。でも私は、あの時の自分の判断を間違いだなんて思っちゃいない」
「…あぁ?」
彼の紅い瞳が細められて。
彼女は手を腰に当てながら、そんな彼を、彼の瞳を、真っ直ぐ見据えて答える。
「…首から上の怪我を甘く見るもんじゃない。打った直後はなんともなくても、次の日急に倒れてそのまま、ってことだってあるんだから。それにかなり出血してたじゃないか。私の目から見て、あんたの怪我は早急に治療すべきものだった。それだけだよ」
「かなりの出血?頭には細かい血管が多いから少しの傷でも簡単に大量の血が出るんだよ」
「治療を怠っていい理由にはならないだろう」
彼女がぴしゃりと言い放つ。
彼はふん、と鼻を鳴らし、呆れたように肩をすくめた。
「…"味方と言う事にしておいて"いる相手にまで、そうやって気を回すなんてな。ご苦労な事だ」
「…え?」
「違うか?お前は、」
彼はふ、と無表情になって。
「―――まだ俺を仲間とは見ていないんだろう?味方でもない人間を、無理をしてまで回復する必要がどこにある?」
告げられた言葉に、彼女の表情が強張った。
彼女の視線が、揺らいで。視線が彼の瞳から外れる。
「…そ、うだよ」
彼女は腕組みをしながら口元をマフラーに埋め、視線を逸らしたまま答える。
「私はあんたを、"仲間だと言う事にしている"んだ。それは認めるよ」
そこまで言って、彼女は言葉を選ぶように少し何かを考えた。
「…でも、だからと言って私はあんたをまったく気にかけないなんてできない」
「それが、さっきの行動の理由か」
「そう、だよ。私は"仲間だと言う事にしている"あんたでも、もしかしたら死に至るかもしれない怪我している人間を放っておくなんてできない。それだけだよ」
腕組みしたままの彼女の答えに、彼がふーっと長く息を吐いた。
呆れたような彼の表情を疑問に思って、彼女が怪訝そうに表情を歪める。
彼は淡々と呟いた。
「…自分に言い聞かせるように言ってんじゃねぇよ」
「え?」
彼女の視線が、彼を見る。
彼は肩をすくめてみせてから口を開く。
「そうやって無理やり自分の本心をまるめこんでまで、俺を"仲間だと言う事にしている"と思い込む必要なんざねぇだろう」
彼の台詞に、彼女の視線がまた地面に落ちた。
「…思い込んでなんかない…これは私の本心だよ」
「そうは見えねぇな。お前の口調は自分に言い聞かせているようにしか聞こえない」
「………」
「…手や口は、人間の意志を表現する為にある数少ない部分だそうだ」
「はぁ?」
「いいから聞け。故に、自分の行動に後ろめたい事があるときは、人間は無意識に手や口を隠す事があるらしい」
「………」
急にまったく関係のない話題を持ち出した彼を、彼女は怪訝そうに見て、問う。
「何が、言いたいんだい」
彼はその問いに答えない。
「加えて。視線を逸らす行為は、本心を見抜かれる事を回避する為の無意識の行動なんだと」
彼は彼女を見て。ゆっくりと口を開く。
「お前の癖を教えてやろう」
「………、」
「嘘をつく時、視線を逸らす。口元を埋めて隠してさらに腕組みして手を隠す」
「っ、なっ…!」
彼女は焦ったように組んでいた腕を戻す。
目に見えて反応した彼女を見て、彼がはっ、と鼻で笑った。
「それだけ反応したって事は、案の定か」
「あ………」
彼女がはっとなる。
今の自分の行動は、嘘をついていましたと相手に教えるようなものだった事に今更ながら、気づいて。
彼女は悔しそうに視線を落とす。
彼は彼女の反応を、さして面白くも無さそうに一瞥した。
「はん。…そうやって苦々しい顔をするくらいなら、バレない嘘をつくことだな。お前隠密だろう、敵にまで本心を見抜かれてどうする?」
彼の言葉に、彼女がぴくりと反応した。
「………て、き?」
「違うか?"味方と言う事にしておいている"というのが嘘なら、敵だろう」
「…っ、…」
彼の淡々とした声を聞いた彼女は、一瞬酷く悲しそうな顔をして。
彼が彼女の表情に怪訝そうに眉を顰めた。
「…何だよ」
「………」
彼女は彼の問いに答えることなく、軽く視線を下げている。
それに苛ついたのか、彼が目を細める。
彼が何か言おうと口を開いた時、彼女が先にぽつりと呟いた。
「違う…」
「あ?」
「私はあんたの事敵だなんて思ってない」
「…ほう」
彼がくく、と笑う。
「だが味方とも、仲間とも思ってないだろう?」
「…」
「前…お前、ヒーリングすんのが仲間の証、みたいな会話してたじゃねぇか。お前の俺への回復頻度見てりゃ、わかる。仲間と思ってねぇんならそう言え、ややこしい奴だな」
「………」